「あの、長谷部さん。少しお聞きしたいのですが、8月のホテルってまだ空きがありますか?」

長谷部は意外そうに顔を上げてめぐを見る。

「8月の予約ですか?お陰様で全日既に満室となっていますが」
「えっ、全日?空いている日がないってことですか?」
「ええ、そうです。雪村さん、ひょっとして宿泊をご希望でしたか?」
「あ、いえ、その。宿泊したい訳ではないんです。ランタンフェスティバルの初日に、ホテルのお部屋からゆっくり眺められたらいいなと思っただけで……」

ランタンフェスティバルの初日……と、長谷部は宙に目をやる。

「確か、8月10日でしたよね?」
「はい、そうです。でも気にしないでくださいね。どうせ満室なので無理ですし」

すると長谷部は、いえ、と否定した。

「ひと部屋くらいなら毎日キャンセルが出るんです。こまめにチェックして、8月10日のキャンセルが出たら押さえておきますね。ちなみにご希望はツインのお部屋ですか?それともダブル?」
「あ、いえ。泊まらないのでどちらでも」
「かしこまりました。押さえられたらご連絡しますね」
「はい、ありがとうございます。無理なら結構ですので。お手数おかけして申し訳ありません」
「とんでもない。お力になれれば嬉しいです」

にっこりと笑いかけられ、めぐは「よろしくお願いします」と頭を下げる。
ケーキを食べ終わると、長谷部はロビーのエントランスまで見送りに来た。

「雪村さん、今日はありがとうございました。また連絡しますね」
「はい。長谷部さん、美味しいケーキをごちそうさまでした」
「いいえ。それじゃあ、また」

失礼しますとお辞儀をしてから、めぐは傘を差して雨のパークを歩き出す。

(なんか、良かったのかな?あんなこと頼んじゃって)

弦の誕生日を祝いたいと思いついたことだが、結果として長谷部にお願いする形となり、めぐは後ろめたくなる。

(キャンセル拾いを支配人ともあろう方にさせるなんて。それに氷室くんだって、誕生日までに好きな人が出来るかもかしれないし)

うーん、と歩きながら考え込む。

(まあ、キャンセルが出ない可能性だってある訳だし。そしたら悩むこともないか)

そう思い直したのだが、翌日長谷部からあっさりと「無事にお部屋押さえられましたよ」と連絡が来たのだった。