「雪村さん、お疲れ様です。急にお呼び立てして申し訳ありません」
「いいえ、とんでもない。お疲れ様です、長谷部さん」

フロントに行くと、めぐに気づいた長谷部がにこやかに近づいて来た。

「オフィスでお話ししてもいいんですけど、せっかくですからロビーラウンジに行きませんか?紅茶の種類が豊富で美味しいんですよ」
「そうなんですね。お邪魔でなければ、ぜひ」
「もちろんです、ご案内しますね。少しだけ待っててもらえますか?」

そう言うと長谷部は一旦バックオフィスに入り、スーツのジャケットを私服に着替え、書類ケースを手にして戻って来た。

「お待たせいたしました。では行きましょうか」
「はい」

ふかふかの絨毯は足に心地良く、ロビーはシャンデリアや豪華な生花で華やかな雰囲気に包まれている。
めぐは長谷部の後ろを歩きながら思わず辺りを見渡した。
パークの喧騒が嘘のように時間の流れもゆったりと感じられる。

「ん?どうかしましたか?」

長谷部がめぐを振り返って足を止めた。

「いえ、とても素敵な雰囲気なので見とれてしまって。なんだか優雅な気分になりますね」
「確かに、雪村さんにぴったりですね」
「ええ?そんな。長谷部さんにこそお似合いです」
「まさか。私は単に慣れているだけですよ。雪村さんはロビーを歩いているだけで絵になりますね。ゲストの方がちらっと雪村さんに目を奪われているのが分かります」
「いえいえ、とんでもないです」

思わずうつむきながら長谷部と共にロビーラウンジに入り、窓際のソファ席に案内される。

「天井も窓も高くて気持ちいいですね。パークの景色もよく見えて、本当に外国に来たみたい」

めぐはメニューより先に窓の外に目をやった。

「ここはヨーロッパエリアにありますからね。立地は最高です」
「長谷部さん、毎日この景色を眺めながらお仕事出来るなんていいですね。私は地味な事務所でパソコンに向かってる時間が多いので、うらやましいです」
「雪村さんが地味な事務所にいるところが想像出来ないですけど」
「一度ご案内しましょうか?パークと繋がってるドアから入るとびっくりしますよ。夢と現実、みたいな差があって」
「ははは!それは面白そうですね」

目を細めて笑う長谷部は、仕事中の洗練された雰囲気とは少し違ってみえる。

(なんか、いい意味で普通の人だな。支配人としては、敢えてパリッと振る舞ってるんだろうな)

リラックスした様子でメニューを見ながら紅茶を選んでいる長谷部に、めぐはどこかホッとした。