「めぐ。お前さっきあくびして涙浮かべただろ?」
「あ、分かった?いい具合にうるうるしてたでしょ」
「あのなあ、普通やるなら目薬差すとかだろ?あくびするって色気ねえな」
「まあまあ、いいじゃない。それにしてもこのバラ、すごく豪華ね。何本あるんだろう?」

すると少し離れた所にいた長谷部が「108本です」と答えた。

「そんなに!?すごい数ですね」
「はい。バラの本数には意味がありまして、108本贈ると『結婚してください』という意味になるんです。永遠(とわ)にかけているようですね」
「へえ、ロマンチックですね。でも108本なんて、すごいお値段になりそう」

思わず呟くめぐに、弦が呆れたように言う。

「一生に一度のプロポーズにケチくさいこと言うなよ。それに贈るのは男性側なんだから別にいいだろ?」
「だけど断りづらくなるじゃない」
「ガクッ!断る前提かよ?普通女の子なら、素敵、憧れちゃう!ってなるだろ」
「あー、まー、そうかもね」
「やれやれ、他人事か」

すると、めぐと弦のやり取りに苦笑いしていた長谷部が再び口を開いた。

「おっしゃる通り、やはり108本は躊躇される方も多いですよ。そういった場合は12本のバラを贈ることをおすすめしています」
「12本ですか?それにもやっぱり意味が?」
「はい。12本のバラは『ダズンローズ』と呼ばれていて、昔のヨーロッパの風習だったそうです。12本にそれぞれ愛情や幸福や永遠といった意味があって、12の想いの全てをあなたに捧げます、とバラを贈ってプロポーズしていたとか。そもそも結婚式のブーケとブートニアも、プロポーズの時に贈った花束に由来しているそうですしね」
「そうなんですか。長谷部さん、とってもお詳しいですね。ロマンチストなんですか?」

ははは!と長谷部はめぐに明るく笑う。

「単にホテルマンとしての知識ですよ」
「でも素敵です。長谷部さんご自身も、やっぱりプロポーズにこだわりはあるんですか?」
「うーん、考えたことないですね。お相手次第でしょうか」
「確かに。サプライズは気後れしちゃうって女性もいますものね」
「そうなんですよ。我々もお客様がプロポーズされる時はぜひとも上手く結ばれて欲しいのですけど、ごくまれにごめんなさいというパターンもありまして。ケーキやシャンパンもキャンセル、花束も処分してと頼まれたり……」
「ええ!?ど、どうするんですか?そういう時」
「それはまあ、淡々とそうするしか」

そうですよね、とめぐは神妙に頷いた。

「ホテルって、色んなドラマがあるんですね」
「おっしゃる通りです。たったひと晩だとしても、私達ホテルマンはお客様の人生に寄り添いたいと思っています」
「素敵ですね。今日、長谷部さんにお会い出来て良かったです。貴重なお話をありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございます」
「ホテルの魅力をもっと伝えられるようにがんばりますね!」

めぐは気合いを入れると、弦とバルコニーで肩を並べる。
先程までの照れは一切封印し、恋人同士の雰囲気で撮影に臨んだ。