「こちらです、どうぞ」
「はい、失礼します」

長谷部が開けてくれたドアから、めぐは恐る恐るスイートルームに足を踏み入れた。

「わあ、広い、素敵!見て、氷室くん。ゴージャスだよ。大きなテーブルに立派なソファ。窓からの景色もいいね。すごいなあ、さすがはスイートルーム。もう夢の中にいるみたいね」

興奮してしゃべり続けるめぐに、長谷部がクスッと笑ってうやうやしくお辞儀をする。

「大変光栄に存じます」
「本当に素晴らしいお部屋ですね。利用される方は、やはりカップルが多いですか?」
「そうですね。ですがご年配のご夫婦も多いですよ。あとは女子会とかでも」
「女子会?いいですね!朝まで話が盛り上がりそう」
「ええ。お客様それぞれに忘れられない時間を過ごしていただければと思っています。今回お二人にPRをお願いしたいのは、スイートルームでのプロポーズプランです」

プロポーズ?と、めぐと弦の声が重なる。

「はい。思い出に残るプロポーズとなるよう、我々も様々なお手伝いをさせていただきたいと思っています。オプションにはなるのですが、バラの花束やケーキやシャンパン、サプライズの演出など、宿泊前に担当者が詳しくプランのご相談を承っています」

へえ、と感心していると、環奈がズイッと身を乗り出した。

「そこで!これから氷室さんが雪村さんに実際にプロポーズする様子を撮影しますね。えーっと、まずは雪村さん。このソファに座ってください」
「は、はい」

心の準備が出来ないまま、言われた通りにめぐはソファに座る。

「では氷室さん、雪村さんの前にひざまずいて指輪をパカッてしてください」
「パカッて、どれを?」
「えっと、ブライダルサロンから指輪をお借りしたんですよ。あれ?どこに置いたっけ」

キョロキョロする環奈に、長谷部がネイビーのリングケースを差し出した。

「こちらです」
「あ、ありがとうございます。では氷室さん、どうぞ」

ケースを手渡されて弦は気まずそうな顔になる。

「いきなりかよ?駆けつけ一杯みたいだな」
「ほら、つべこべ言わずにビシッと決めてくださいね」
「分かったよ」

カメラマンがカメラを構える中、弦はリングケースを手にめぐの前にひざまずいた。

「めぐ、結婚しよう。パカ!」

そう言ってケースを開いてみせる。
めぐは思わず吹き出した。

「パカ!は言わなくていいわよ」

カシャカシャとシャッターを切る音がして、カメラマンが写り具合を確認する。

「雪村さん、爆笑しちゃってますね。感激してうるうる、みたいな感じでお願いします。女性が『こんなプロポーズいいな』って憧れるようなシーンにしたいので」
「は、はい、分かりました」

めぐは背筋を伸ばして気持ちを入れ替える。
長谷部もじっと自分達の撮影を見守っているのだ。
ホテルのイメージアップの為にも、ここはきちんとしなければ。

(でも感激してうるうるって……)

しばし考えてから、めぐはわざと顔をそむけた。
あくびを噛み殺してから顔を戻し、弦の顔を上目遣いに見つめる。

「おお、いいですね!そのままそのまま」

カメラマンが何度もシャッターを切る。
 
「氷室さんも優しく笑いかけてください。ああ、いい!雪村さん、両手を胸元に当てて。そうです!」

興奮気味でカメラマンは次々と指示を出した。

「氷室さん、今度はバラの花束を差し出して。受け取った雪村さんが氷室さんの手に触れて、いい!そうです!雪村さん、バラの花に視線を落としてうっとり……、ああ、最高です!」

カメラマンのあまりの興奮具合に、めぐ達がだんだん苦笑いになってきたところでようやくOKが出た。

「では次は、バルコニーでシャンパン片手に見つめ合うシーン撮ります」

環奈の言葉にめぐと弦は立ち上がり、バルコニーへと向かった。