「めぐ、こっちへ」
「は、はい」

仕事終わりに一緒にマンションに帰ると、弦はコーヒーを淹れようとするめぐを呼び止め、ソファに座らせた。

「めぐ、俺はとにかく心配だ。ただでさえ綺麗なめぐがこんなにおしゃれしたら、もう世の男どもが群がって来るに決まってる。頼むから会社では控えて」
「ごめんなさい。でもそしたら氷室くん、私のことを恋人だと認めてくれないでしょう?」
「え、なんで?しかも氷室くん?弦くんは?」
「悲しい時は氷室くんとしか呼べない。それに氷室くん言ってたでしょ?少しずつ恋人としての時間を重ねていこうって。だから私、早く氷室くんの恋人になりたくて……」
「ちょ、ちょっと待て。めぐは俺の世界で一番大切な恋人だ。とっくの昔にめぐは俺だけのものなんだ」

とっくの昔は言い過ぎだが、気持ち的には間違っていない。

「なのにめぐは違うのか?どうしてそう思う?」
「だって……。大人の関係になってないから」

ドクッと弦の心臓が音を立てた。
大きく息を吸って必死に平静を装う。

「めぐ。どうしてそんなに焦る?俺の気持ちが信じられない?」
「ううん、そうじゃないけど。私は氷室くんに追いつきたいの。せめて肩を並べるくらいにはなりたくて」
「恋人って、競い合うもんじゃないだろ?それに勢いで突っ走ったり、形だけどうにかしようとするのも違うと思う。めぐ、俺達の関係をよく考えてみて。俺達二人の心の結びつきは、そんなに簡単に壊れたりするものじゃないだろ?」
「うん」
「俺はめぐを心から愛してるよ。誰よりも大切にしたい。めぐの気持ちに寄り添って、少しずつ進んで行きたい。めぐが大事に守ってくれた分、俺は心して受け取らないといけないから。分かってくれる?」

めぐはうつむいてじっと考えてから顔を上げた。

「うん、分かった。ごめんね。周りの女の子達はずっと前に経験してるから、焦っちゃったの。早く一人前になりたかったのかも」
「焦る必要なんてない。それにめぐ、その時が来たら嫌ってほど分からせてやる。片時も離してやらないから、覚悟しといて」

不敵な笑みを浮かべる弦に、めぐはおののく。

「大丈夫、めぐに俺の愛情を伝えるだけだから。どんなに俺がめぐを愛しているかを。めぐ、全部受け取ってくれる?」
「うん。私も大好きって伝えるね」
「誰に?」
「弦くん!」
「ふっ、よろしい」

微笑み合うと、弦はそっとめぐを抱き寄せてキスをする。
甘く、長く、深く、胸いっぱいの愛情を込めて。

「弦くん」
「ん?なに」
「キスでも充分伝わるね、大好きって」
「ああ、そうだな」

笑顔で見つめ合い、またキスを交わす。
二人の胸に込み上げてくる想いは、確かに互いへの愛情だった。

その夜。
自宅マンションに帰った弦は、ホテルにいる長谷部に電話をかけた。

「長谷部さん、5月16日にスイートルームを予約出来ますか?それから赤いバラも」

電話の向こうで、長谷部がふっと笑みをもらす。
何も言わずとも察してくれたようだった。

「かしこまりました。スイートルームと赤いバラを108本ですね?必ずご用意いたします」
「はい、よろしくお願いいたします」

電話を切ると弦は気持ちを落ち着かせるように息をつく。
めぐの次の誕生日。
スイートルームで108本のバラと共にプロポーズする。
弦はそう決意した。