「ただいまー。氷室くん、ソファに座ってて。今コーヒー淹れるね」
「サンキュー。あと、これ。夕食代わりにどうぞ」

そう言って弦はドライブスルーのカフェで買った紙袋を差し出す。

「えっ、いつの間に?いいの?もらっても」
「もちろん」
「じゃあ氷室くんも食べていって。今、簡単に何かおかず作るね。と、その前にコーヒー淹れなきゃ」

めぐは手を洗うとパタパタとキッチンに行ってお湯を沸かす。
コーヒーのカップを弦の前のローテーブルに置くと、またキッチンに戻った。
冷蔵庫を開けてしばし考えてから、ジャーマンポテトとパエリアを作る。

「氷室くん、お待たせ……」

振り返ると、弦はソファの背にもたれて眠っていた。
めぐは静かにお皿をテーブルに置いてから、弦の隣に座る。

「やっぱり疲れてたよね?ごめんなさい」

小さく呟いて、そっと顔を覗き込む。
長いまつ毛の下の切れ長の目、スッと通った鼻筋とシャープなフェイスラインの弦は、見惚れてしまうほどかっこいい。

(ほんとに私、氷室くんとつき合ってるのよね?彼女としてちゃんと出来てるかな)

めぐにとっては最初の恋人。
何もかもが初めてで、幸せな反面ふと不安になる。
クリスマスの夜に互いの気持ちを打ち明けた時は、幸せに胸が震えた。
初めて唇が触れた時は、身体中に甘い痺れが広がって涙が込み上げてきた。
一晩中寄り添って、何度もキスをして……。
ベッドに入ってからも弦は寝つくまでずっと優しく髪をなでてくれていた。
だが朝目が覚めると弦は隣のベッドで眠っていて、めぐは少し寂しくなった。

(私は氷室くんが大好きだけど、氷室くんは私のことをそこまで好きじゃないのかも。私には初めての彼氏だけど、氷室くんは今まで色んな女性とつき合ってきたから、きっと大人なんだろうな)

こんなにも好きな想いが溢れているのは、子どもじみた自分だけ。
大人の恋愛にはまだまだ遠く及ばない。
そんな気がしてきた。

(今はまだ、おつき合いのほんの入り口止まりなのかな?好きって気持ちも、氷室くんのはきっとまだ軽い)

そう思うとキュッと胸が痛くなった。

(大好きなのに。すぐ手の届くところにいるのに。恋ってこんなに苦しいものなの?)

めぐは右手を伸ばして弦の頬に触れるとゆっくりと顔を近づけ、そっと唇を重ねる。
ほんの少しかすめただけなのに、切なさが込み上げてきた。

「氷室くん……」

声に出して名前を呼ぶと、涙が込み上げてきた。

(どうしてこんなに胸が締めつけられるの?好きなのに、幸せよりも切ないのはどうして?)

ポロポロと涙がこぼれ落ちた時、弦がゆっくりと目を開けた。