(氷室くん、氷室くん?)

ホテルのエントランスから外へ出ると、行き交う人の間を必死で探して回る。

(どうしよう、本当にいなくなっちゃったの?)

不安で涙が込み上げてきた。

(いつもそばにいてくれたのに。どんな時も隣で支えてくれたのに。私のことが好きだって言ってくれたのに。私がちゃんと答えなかったから……。だから氷室くん、あの人のところに)

ポロポロととめどなく涙が溢れて止まらない。
苦しさにギュッと胸元を押さえながら必死で弦の姿を探した。
コートも着ずに飛び出した12月の夜は寒く、涙で濡れる頬は冷たい。
弦を失ったかもしれない心細さに、思わず泣き崩れそうになった時だった。

「めぐ?」

弦の声が聞こえて、めぐはハッと振り返る。
弦が急いで駆け寄って来るのが見えた。

「氷室くん!」
「めぐ!」

大きな腕の中に飛び込むと、めぐは弦の胸に顔をうずめて泣きじゃくる。

「氷室くん、氷室くん……」
「どうした?めぐ、何があった?」

弦はギュッと強くめぐを抱きしめながら、耳元で必死に問いかけた。

「めぐ、なんでこんなに泣いてる?一体何が?」
「氷室くんが、氷室くんが……」
「俺がどうした?」
「どこかに行っちゃったかと思って。私がちゃんと答えなかったから、だから氷室くんは私を置いてあの人と一緒に……」
「めぐ、落ち着け。あの人って誰だ?」
「アナウンサーの人。でもそれは私が悪いの。私が氷室くんを傷つけたから、私がちゃんと好きって言わなかったから。だから氷室くんは私よりもあの人の方がいいって、私の手の届かないところに……」

めぐ!と弦は、めぐの頬に両手を当てて顔を覗き込む。

「めぐ、俺を見て。俺はどこにも行かない。ずっとめぐのそばにいる。他の誰のところにだって行くもんか。めぐしか見えてないんだから。いい?俺は何があってもめぐが好きだ」
「……氷室くん」

弦は着ていたコートを開いてめぐを包み込んだ。

「あったかい」

すっぽりと弦の胸に収まっためぐに、弦は耳元でささやく。

「めぐ。コートも着ないで飛び出して来たの?」
「うん」
「俺がどこかに行くかもしれないと思って?」
「うん」
「不安になってあんなに泣いたの?」
「うん」
「……どうして?」
「だって……」

めぐは弦の胸から顔を上げ、涙で潤んだ瞳で見つめた。

「氷室くんが好きだから」
「……めぐ」
「だからどこにも行ってほしくなかったの。ずっと私のそばにいてほしかったの。いなくなるって思ったら、どうしようもなく悲しくなったの」

弦は切なげに眉根を寄せると、めぐを強く抱きしめた。

「めぐ……。やっと俺のところに来てくれた。俺の腕の中に……。もう二度と離さない」
「氷室くん……」

めぐの瞳からまた新たな涙がこぼれ落ちる。

「めぐ、俺は心からめぐが好きだ」
「私も。氷室くんが大好きなの」

弦はふっと優しく笑うと、めぐの頬に手を当てて親指で涙を拭う。
そしてゆっくりと顔を寄せると、愛おしそうにめぐにキスをした。
互いの胸の奥がジンと痺れて幸せが込み上げてくる。

「めぐ……。これって夢かな?」
「そうかも。だって世界がキラキラしてる」
「ああ、そうだな。こんなに綺麗な世界でめぐと結ばれるなんて、きっと夢だよな」
「夢でもいい。氷室くんと一緒なら」

めぐは涙を浮かべたまま、弦を見上げて微笑む。
そんなめぐに、弦はまたクッと切なさを堪えた。
涙に濡れためぐの頬にチュッと口づけると、もう一度優しく甘いキスを交わす。
誰もいなくなったキャナルガーデンのイルミネーションが、二人を祝福するかのように温かく輝いていた。