「……神社によくお詣りに来ているわね。願い事があったのではないの? 現世に未練があるのなら、もう行きなさい」
「見てくれていたんですか……。俺はあなたに災いを求めていました。俺の存在を消すような災厄を我が身にと――、縋っていたんです」
そう言って、彼は私の目の前で跪いた。
「俺の名は、石崎守人。守り人と書く。守人と呼んでほしい。禍津神、あなたに名はありますか?」
「死にゆく人に呼び名の意味はあるのかしら。私の名は紅羽、紅に羽。今なら引き返せるわ、現世に戻りなさい」
「許されるのなら名を伝え、名を知ってから隠されたかった。あなたは優しい禍津神だ。さぁ、俺に災いをお与えください」
「……神隠しがあなたにとって災いでないのなら、意味がないわ。あなたのいるべき場所に戻してあげるのが与えるべき災いというもの」
「守人と呼んでほしい、紅羽」
「……っ。守人、戻りなさい。あちらの世界へ」
「あなたは力を持たないのですか。神隠しをする力を」
なぜこの青年に追い詰められているように感じるのだろう。死にたがりのちっぽけな人間に、この私が……。
「なぜ、そのように思うの?」
「鬱陶しいと感じられているだろう俺を、未だ隠していないからですよ。これからもお詣りに行きましょう。力が戻ったらいつでも隠してください。俺に手伝えることがあるのなら、なんでもしますよ」
丁寧語のわりには……話し方が気楽になっている。力のない神だと思われたからかしら。
「……祀られているから、そこまでの力はないのよ。信心を持つ人々が減って、こうして人を驚かせないと気が済まなくなっているだけ。神社を壊せば……また違うかもしれないけれど」
あの神社が建てられた当時の禍津神は、私ではない。その存在が消えて、代わりの妖として私が生み出された。
大きな力を持っていたことは……私自身はない。
「こんなにお美しいあなたを祀る神社を壊すことなど、俺にはできない」
そう言って、彼は立ち上がった。
「あなたの言うちっぽけな人間に本当のことを教えていただいた禍津神、紅羽。俺はあなたを好きになってしまった。憐れな人間に慈悲を。また俺と会話をしてほしい」
「そ……れは……」
「絶えることのない時の流れの中で、ほんのわずかな暇潰しを俺と。人間の中身に興味があるのなら、バラしてくれてもいいですよ」
「……そんな趣味はないわ、人間」
「守人、と」
これからも変化のない永い時の中、この世に在り続けなければならない。
妖と話せる珍しい人間と、少しの時を過ごすのも……。
「気が向いたら現れてあげるわ、守人。あなたの前に」
「約束ですよ。それだけを楽しみに、しばらくは生きてみます」
彼が私の手をとった。感じたことのない温かい体温。妖に触れられるほどの霊感――、
きっと彼は、長く生きられない。
「……いい人生を」
つい、そう呟いてしまった。
私に縋る彼だったから。
「あなたの災いを、俺に」
そう言って守人は、手の甲に口づけて立ち去っていった。



