求婚は突然に…       孤独なピアニストの執着愛

病院の救急外来の薄暗い廊下で彼女を待つ。

赤く腫れがった左足首は痛々しいほどで、骨折してなきゃいいがと頭を抱える。

自分の方が重症なのに、俺の事ばかり心配した心奈は、先に俺を診察して欲しいと医者に言うから、お互い別々の診察室に運ばれた。

それから、ただの打ち身で終わった俺は、廊下の待合室にかれこれ15分程待たされていた。

なかなか診察室から出てこない心奈が心配になって立ち上がると、ガチャっとドアが開く。駆け寄って足元を見るとぐるぐる巻きに固定されて出てくる。

「どうだった⁉︎」

「なんか…骨折してたみたいで…。」
俺はハァーとため息を吐き座り込み、その可哀想な足を見る。しばらく仕事も休むしかないだろうし、これは普通の生活も不便になるだろう。

「ごめんなさい。ご迷惑を…」
と謝る心奈を制止して、

「心奈が悪い訳じゃないよ。これは立派な傷害罪だ。後で医者の診断書をもらって警察に連絡する。」

「でも…私が勝手に逃げようとして挫いただけですし…。」
なぜだか彼女は自分を責める。

「心奈は被害者なんだよ。アイツのせいでこうなったんだから、しばらくは絶対安静にしないと。」
そう言い捨てて、抱き上げようとすると拒まれる。

「駄目です。紫音さんの手だって絶対安静です。…ピアノ弾けますか?大丈夫ですか?」
ここに来てもなお、心奈は俺の事ばかり心配してくる。

「俺は軽い打ち身だから週末のリサイタルも問題ない。それに、心奈を抱き上げられなくなったら男としてお終いだ。」
そんな男にさせないでくれと、強引に抱き上げ長椅子まで運ぶ。

会計待ちの間、テーピングされた俺の左手をまじまじと見つめ、申し訳なさそうな顔をしていた。

「自分のせいだとか思うなよ。これは名誉ある負傷なんだから、俺自身は心奈を助けられて良かったと思ってる。どうせなら後、2、3発殴っとけば良かった。」

「駄目です。これ以上、大切な手を傷つけないで…」
彼女は今にも泣きそうな顔ですがって来る。

実は、週末のリサイタルは地方に行く予定だったから、旅行がてら彼女も連れて行こうと思っていた。しかし…この足では新幹線も飛行機もしばらく出歩く事さえも無理だなと残念に思う。

その事を告げてなかったのは驚かせたかっただけなのだけど… 今となっては言ってなくて良かったと胸を撫で下ろした。

一応犯人は捕まったのだから大丈夫だとは思うが…週末に1人残して置いて行く事に若干の不安が拭いきれない。

「週末、1人で大丈夫か?親しい友達とか家族とか呼んでくれても構わない。その足じゃ、日常生活も大変だ。」

「固定具は自分で外せますから大丈夫です。私の事は心配しないでください。」
そう言う彼女に一線を引かれたような気がして物悲しい。