求婚は突然に…       孤独なピアニストの執着愛

部屋に篭ってしまったのだろうか…。

「心奈、温かい飲み物でも飲まないか?」
彼女の部屋のドアをそっとノックする。こんな日に1人で泣かせたくは無い。

「はい…。」
数秒の間の後、そっとドアが開いてホッとしながら温かいココアを差し出す。
「ありがとう…ございます。」
さっきよりも明らかに気落ちして元気の無い彼女が心配になる。泣いていたのだろうか…目が真っ赤だ。

「出来れば側に居たいんだけど、入ってもいいか?」
拒まれない事を頭で祈りながらそっと聞く。

「はい…どうぞ…。」
シュンとした彼女を見るとまだ、髪も濡れたままで…慌ててドライヤーを取りに行き、ソファに座らせ丁寧に乾かす。

「紫音さんも…。」
そう言って、今度は俺の髪を乾かしてくれる。
「腹減ってないか、何か頼もうか?」
どうにか彼女の気持ちを上げたくて、気分転換にもなるだろうと、食事を提案するが、

「あまり…食欲は無いので…紫音さんだけ注文して下さい。」
と、言われてしまう。
こんな時慰め方も分からない俺は、ただ、抱きしめてやる事しか出来ない。不甲斐ない自分に嫌気がさすが、こてんと俺に寄りかかってくる彼女に庇護欲が高まる。

それにしても…風呂に入る時、咄嗟に渡した俺のスウェットを着た彼女は妙に色っぽくて、チラリと見える太ももだとか、首元から見える白いうなじだとか…妙に男心をくすぐってくる。

知らずして忍耐力を鍛えられている。

「少しでも何か食べた方がいい。リゾットとかグラタンとかいろいろあるぞ。」
スマホでメニューを見せながら、本人の意思を探る。グラタンを指差すその手首に、赤く腫れあがった引っ掻き傷が3本…くっきり見えてハッとする。

「…ふざけやって…!!」
沸々と再び湧き上がる怒りで我を忘れそうになる。
「他には…⁉︎」
彼女の事だ多少の痛みは口にしない。慌ててあちこちをチェックする。よく見れば左足首が赤く腫れがっていた。

「…直ぐに病院に行った方がいい。」
言いながら抱き上げようとすると、

「ちょ、ちょっと待って下さい。…紫音さんの手、腫れてませんか⁉︎」
と今度は心奈が俺の手を取る。
確かに…先程よりも左手の甲が赤く腫れがっているように見えるが…

「…私の事よりも、紫音さんの手の方が大事です。早く病院に行きましょう。」
真剣な面持ちの彼女を落ち着かせる為、
「俺の手は痛くない大丈夫だ。それより心奈の足首が先だ。」
そう伝え、急いで上着を羽織り車の鍵を握り締め、彼女を抱き上げて玄関へ走る。

「ちょ、ちょっと待って…ふ、服着替えないと…。」
確かにその姿を他の男共に見せたくないなと、急いで彼女の部屋へ逆戻りした。