求婚は突然に…       孤独なピアニストの執着愛

「やっと見つけた。葉月に会いたくてずっと探してたんだ。」
なぜ…⁉︎なぜこの人が…会いたいなんて言えるんだろう…。
得体の知れない恐怖と絶望感で心奈は下唇をギュッと噛む。

「わ、私は…会いたくなんか、なかったです。探したりなんて…しないで下さい。」
心奈は震える声でどうにかそれだけを伝え、踵を返して歩き出す。

とにかく、居場所を知られてはいけないと機転を効かせて、紫音の待つ家とは逆方向へ…。そう思うのに、逃げる寸でのところで手首を掴まれる。

「ぃやっっ…!!」
ビックっと身体が強張り咄嗟に逃げようとして、小脇に抱えていたさっき買ったばかりのパンを落としてしまう。

あっ…!と思うが、雨の中、虚しくパンが入った紙袋がじわっと濡れていく。

それを一瞬目に留めるが、とにかく逃げなきゃ…心奈の頭はその事だけで精一杯だから、ごめんねパン達…心で誤りながら、掴まれた手を思いっきり振って相手の力が怯んだ隙に、力一杯引き抜き走り出す。

「待てよ!ただ話しがしたいだけだ。」
この男、自分勝手で俺様なところがあるから、きっと言いくるめられたら逃げられない。反抗したくても恐怖で支配されてしまう。かつての自分がそうだったように、洗脳にも似た支配力で身動き取れなくなってしまう。

紫音さん…紫音さん…助けて
無意識に心の中で何度も名前を呼ぶ。

どうしよう…どこに行けば…
パン屋さんまでとりあえず走ろう。
パニックになりながらも頭をフル回転させる。

「いいからちょっと待て。話しをしたいだけだ。」
人通りも少ない裏道だから、雨音だけが響くシンと静まり返った空間を、引き裂くように彼の声が聞こえる。