求婚は突然に…       孤独なピアニストの執着愛

こんなに笑う人だったかと、驚くほどの笑顔を見せて、紫音が大衆浴場に行こうと誘う。

「正直、生まれてこのかた温泉旅行なんて初めてなんだ。これでも心奈と同じくらい浮かれてる。」
普段あまり表情を崩さない紫音がそう言ってくるから、心奈も嬉しくて笑顔が溢れる。

「私も、家族旅行以外で来たのは初めてです。」
と、楽しそうに浴衣とタオルのセットを紫音に渡した。

大衆浴場までの廊下を手を繋いで歩く。
その間に海外生活が長かった紫音の為に、心奈が大衆浴場での心得を伝授する。

「まずですね。タオルを一枚持って入って下さいね。だけど浴槽には入れないで下さい。怒られちゃいますから。」

「じゃあ、大切な所は隠さなくていいのか?」
…きっと彼は分からないフリをして、面白がって聞いているのだろうけど…。

「女性は…何となくフェイスタオルで前は隠しますが…。」

「どうやって?」

「えっ?…こ、こうやって…。」
心奈も若干恥ずかしくなるが、フェイスタオルを広げてやって見せる。

「なるほど。男はその場合どうするべきかな?」
やたらと真剣に聞いて来るから、

「し、知りません。周りを見て学んで下さい。」
心奈は真っ赤になってプイッと横を向く。
絶対この人ワザとだ…。
くすくす笑う声を聞いて、ムッとなって頬っぺたを膨らます。

「可愛いな…。」
紫音はその頬っぺたをツンツンして喜ぶ。

そんな風に戯れ合いながら、赤いのれんと青いのれんの前まで来る。

「じゃあ、先に出たらそこのベンチで待ってるから、ゆっくり入っておいで。」
と、紫音から手を離される。

「はい…では、また後で。」
お互い手を振って分かれるが、心奈はなんだか少し寂しさを覚えた。