求婚は突然に…       孤独なピアニストの執着愛

遅過ぎないか?いささか心配になり洗面所のドアをノックする。返事はない…。
「心奈?」
名前を呼んでも、返事がない…

少し本気で心配になって、洗面所のドアを開ける。風呂場のドアはスモークガラスで中は見えない。
「心奈、大丈夫か?」
普通のトーンで声をかけるが返事がないから、いよいよ心配が押し寄せてきて風呂場の引戸に手をかけ、今にも開ける勢いで声を上げて名前を呼ぶ。
「心奈!」

「あっ…は、はい。」
一瞬遅れで返事が聞こえ、紫音から思わず、はぁーっとため息が溢れ出る。

「…大丈夫か…?」

「は、はい。す、直ぐ、出ますから…。」
恥ずかしそうに小さくそう言ってくる心奈の声。

「…早く出て来て、心配で心臓が止まるかと思った。」
それだけ告げて紫音は廊下に出る。
直ぐ後にガラガラとお風呂場の引戸が開く音を聞く。
これはこれから要注意だと、今後の為にも頭に刻む。

廊下で腕を組み壁にもたれ、心奈が出て来るのを今か今かと待ち伏せする。

それから少しの間のあと、おずおずとパジャマ姿で出て来た心奈を、堪らず抱きしめたくなる衝動となんとか戦いながら、少しぶっきらぼうにまだ半乾きの髪に触れる。

「髪がまだ半乾きだ…。」
紫音は心奈を洗面所に引っ張り込んで、丁寧にドライヤーで髪を乾かし始める。

心奈は表情を知りたくて、そっと鏡越しに彼を伺い見る。見事なまでの無表情で全く読み取る事が出来ない…。

「…さっき、風呂場で寝てたのか?」

「えっと…ボォーとしてただけで…ちょっと寝てたかも…です。」
正直に自分の非を認める。

はぁーっと深いため息吐くと、堪らず背後から抱きしめる。
「頼むから辞めてくれ、これじゃ俺の心臓がもたない…。」

「ごめんなさい…心配おかけしました。」

「次、こんな事があったら風呂場まで容赦なく開けるからな。」
抱きしめられながら、紫音の本気度にビクッと体が揺れる。

すると、パッと手を離されて、
「…ごめん…嫌だったか…?」
突然、打ちひしがれたように傷付いた顔で言ってくるから、

「ち、違います…。怒ってませんか?」

「…怒ってはいない。心配してるだけだ。」
紫音だって内心ホッとしつつ、心奈の乾いた髪をひと束とってキスを落とす。

心奈はその様子を鏡越しから垣間見て、すごく恥ずかしくなって頬が真っ赤に染まる。