求婚は突然に…       孤独なピアニストの執着愛

車の中で抱きしめられて子供のように泣きじゃくる。彼は何も言わずにただよしよしと頭を撫ぜてくれていた。

しばらくするとパトカーがサイレン音は鳴らさずやって来た。

そこからは現場検証、事情聴取と慌ただしく時間は過ぎて、いつしか涙も止まっていた。

調べたところ盗まれた物は、彼からプレゼントされたドレスとイヤリングなどのアクセサリー、後は一緒に置いてあったカバンにヒールの靴…。
こんな事になるならちゃんと引き出しに閉まっておけばとか、持ち歩いていたらとか…いろいろな後悔が頭を巡る。

引き出しの中もひっくり返されていて、部屋はぐちゃぐちゃ…他に何が盗られたかも分からない状態だった。

「我々はこれで署戻りますが、何かあれば直ぐに連絡を下さい。また、犯人に関する手がかりや何か思い出した事など、些細な事も構いませんので、こちらに連絡を。
捜査二課の松原と申します。」
名刺を差し出しながら、担当の刑事さんが名刺をくれる。

「どうぞよろしくお願いします。」
と、私も頭を下げて名刺を頂戴した。

「つかぬ事をお伺いしますが、今夜はこちらにお一人で?」
刑事さんからそう聞かれ、なんで話そうか戸惑っていると、すかさず、ずっとそばに寄り添って見守ってくれていた紫音さんがついに声を発する。

「彼女は私の家にしばらく来てもらうつもりです。申し遅れましたが、私、彼女の事実上の夫になります。筧 紫音と申します。」
名刺を差し出しそう言うので、私は慌ててその手を止める。しかも夫って…ここで嘘を付くのは駄目だと思い必死になる。

有名人の彼は、私の事にこれ以上巻き込む訳にはいかない。変に記者に勘ぐられて彼のイメージに傷が付くのも怖い。
  
「駄目です。紫音さん、巻き込む訳にはいけないです。」
慌てて小声でそう言うのに、

「いや、問題無いよ。心奈が大変な時にこそ頼って欲しいんだ。」
と、私を説得してくる。

「えーと、籍を入れてないけど夫婦って事ですか?」
警察の人も私達の関係がよく掴めず、再度聞いて来る。

「実は近々一緒に住む話しになってるんです。私は仕事でちょっと日本に戻って来たばかりでバタバタしていて、彼女とは通い婚のような形だったのですが、これからは事件に関して全て私を通して頂きたいです。」

隣で一緒に聞いていた部下らしい刑事が、紫音さんの名刺を覗き見て驚きの目を向け、何やらコソコソと話し出す。

「最近話題のピアニストのSIONさん…ですか?」
あまり大事にして欲しくないのにと、私は1人
アワアワと焦る。

「あの、あの、この事は内密にお願いします。彼は独身で通ってますし…イメージが大切な世界ですから…。」
一生懸命言い訳を並べてみる。

「分かりました。私共は守秘義務は守りますから安心して下さい。」
その後も少し事情を聞かれ、紫音さんは住所と連絡先を当たり前のように伝えてしまった。

警察や刑事さんが帰って行ったのはお昼過ぎ、いつの間にか半日が過ぎてしまっていた。