求婚は突然に…       孤独なピアニストの執着愛

「えっ…?どこかで聴いた事が?」
彼女にとっては取るに足らぬら小さな出来事だろうから無理もないな…と、半分諦めにも似たため息を吐いて、それでも真実を伝える事にする。

「並木高校…10年以上前だからきっと覚えていないだろうけど。」

「高校…?同じ高校…だったんですか⁉︎」
目を見開き驚く心奈に苦笑いする。

「覚えてないだろうな。俺と君とは接点があまりに少なかったから…。」

「もしかして…音楽室で…ピアノを弾いてませんでしたか?」
えっ!?と思って顔を見合わせしばし固まる。

「…覚えていたのか…。」
もっと早く伝えておけば良かったと、天井を見上げてため息を落とす。

「先輩ですよね…?
いつも…何かの催し物で伴奏されていた…?」

「そう。俺は会って直ぐに君だって気付いてたよ。名前を聞いた時、ああ、本物だって感動したくらいだ。」

「えっ…もっと早く教えてくれたら…。」

「心奈の事をなんとか引き留めたくて…無茶なお願いをした事に、今更ながら後悔している。嘘をつかせてごめんね。もう少し長く一緒に居たくて、なかなかいい出せないでいたんだ。」

「そんな事…。私は少しでも紫音さんのお役に立てて嬉しかったです。気にしないで下さい。こんな素敵なドレスも着れて、お化粧も髪もアクセサリーもとっても嬉しかったです。自分が一瞬でも生まれ変われたみたいで、シンデレラ気分を味わえました。感謝しかありません。」
懸命に気持ちを伝えてくれる彼女の言葉が嬉しくて、堪らない気持ちになる。

「ありがとう。俺はいつでも君の言葉に救われる。」
いつものように手を差し伸べると、手を重ねてぎゅっと握りしめてくれる。

しばらくそうして、彼女の存在の大きさを噛み締めていると…

ピンポン

とチャイムが鳴り、救急箱と温かい食べ物が届く。

それから傷の手当てをしようと、彼女の足元にしゃがみ込む。
「足見せて。」

「大丈夫です…自分で出来ますから。」
恥ずかしそうにして、なかなか傷口を見せてくれない。

「ストッキング脱いでくれなきゃ破るよ?」
少し強引に足首を掴んで、踵の傷を見ようとすると、

「ぬ、脱ぎますから。」
と慌てて洗面所に駆け込んでしまう。
やり過ぎたか…と、閉じてしまったドアを見つめて反省していると、カチャっとドアが開いて心奈が出て来てくれる。

素足になったその足で、俺の前に静かに座る。
「ごめん…怖がらせたか?」

「いえ、大丈夫です。お願いします。」
と、ほほ笑みを返してくれるから。彼女は俺の庇護欲を掻き立てる天才だなと思いながら、苦笑いして傷口の手当てをする。

両足の踵ととも、皮がめくれて赤くなって血が滲んでいた。
消毒を丁寧に施し絆創膏を当てがう。

「無理をさせて悪かった。俺のせいにしてくれていいから。」
そう伝え、丁寧にスリッパを履かせ直す。

「ありがとうございました。…決して紫音さんのせいではないですから。履き慣れていないのに対策しなかった私のせいです。」

「心奈は優しすぎる。もっと他人のせいにして自分を守る事を覚えるべきだ。」

いつだって自分のせいだと抱え込んでしまう彼女の心が心配になる。

「あの…さっきの…前の会社の方ですが…コンプライアンス部の方で、その…私の教育係の同期だった男性です。なので…私に対して偏見があるようで…。」
先程の失礼な男の事を話しにくそうに、それでも懸命に話してくれる。

「分かった。それ以上言わなくていい。俺は俺の目で見たものしか信じないから大丈夫。心奈は間違っていないし、悪いのはあっちだ。心奈に何の非はない。もう気にしなくていいよ。」

そう伝え、届いた温かいビーフシチューを2人で食べた。