求婚は突然に…       孤独なピアニストの執着愛

そして、ホテルに到着してスイートルームに通される。そこからはバタバタとお互い支度に忙しく、2人で話す隙も無いまま時間が来る。

心奈の支度が整うまでに、俺は俺で紺の光沢がある三つ巴のスーツに着替え、軽く髪型をセットしてもらう。

男の支度なんてものはものの10分ほどで終わってしまい、後はリビングのソファに座り、コーヒーを片手にひたすら時間を潰す。

まだ、ペアリングは渡せていない…。
ポケットに忍ばせた箱をぎゅっと握りながら、ひたすらタイミングを待つ。

「お待たせしました。奥様、すっごくお綺麗です。磨けば光る原石ですね。こちらとしてもやり甲斐がある仕事でした。どうぞこれからも是非お声かけください。」
そう言ってスタイリストの女性はにこやかに微笑み、アシスタントと共に部屋を去って行った。

俺は内心、心奈は元から可愛いんだと反発しながら見送った。

急に部屋が静かになる。

それなのに…何故か心奈は個室から出てこない。
「心奈、どうかしたか?」
俺はドアの前に立ち声をかける。

「あの…ちょっと、緊張しちゃって…。」
ドアが少しだけ開き彼女がそっと顔だけ覗かせる。

髪を綺麗にアップした心奈がいつにも増して可愛らしく、心臓が勝手に高鳴り始めから、俺が冷静に彼女をエスコートしなければならないのにと…自分を無理矢理落ち着かせる始末だ。

「大丈夫だ。俺が出来る限り側にいるから。」
少しでも安心して欲しいとそう伝える。

それでもなかなか出てこない…。

「あの…アクセサリーとか買っちゃったんですか?私…ちゃんと自分で払いますから…おいくらでしたか?」
心配そうな顔を向けてくる。

この日のためのイヤリングやネックレスなどのアクセサリーは、俺がスタイリストと相談して揃えた物だったから、知らなかった彼女を驚かせてしまったようだ。

「これは今日の報酬の一部だと思って、受け取ってくれたらいいよ。」
出来るだけ負担に感じないようにそう伝える。

それでもなかなか出て来てくれないから、痺れを切らして手を差し出すと、反射的にいつものように手を重ねてくれるので、少し強引に引っ張り出す。

「あっ…!」
意図せず引っ張り出された彼女は驚きの顔を見せる。

そして、やっとドレス姿の心奈を初めて見る事が出来る。

クリーム色の光沢のある生地は、ゴールドの糸で刺繍が施され、まるで着物のような雰囲気だ。

しかも、デコルテから二の腕まではレースで切り替えられた作りになっていて、透けた胸元が気になってしまうほど色気を感じる。
それに…足元は露出度多めの膝丈だ。

「綺麗だ…。」
感嘆と共に本日2回目の言葉を呟く。

本当に綺麗で、そのくせハニカム姿は可愛くて…言葉が出ない。

「綺麗なのは紫音さんの方です。スーツ姿初めて見ました。…とてもお似合いです。」

「いや、綺麗なのは心奈の方だ。」
しばらくそんな押し問答を繰り返し、最後には2人でふふっと笑う。

「心奈の事を世界中に見せびらかしたいのに、一方で誰にも見せずに独り占めしたい気持ちにもなる。」
正直な気持ちを露とすると、

「…何の為に着飾ったのか分からなくなってしまいます。」
と、心奈がふふっと微笑む。