求婚は突然に…       孤独なピアニストの執着愛

頃合いを見計らい、彼女に到着しているとメッセージを送る。

既読が付き『すぐ行きます。』と犬の可愛いスタンプが付く。
タンタンタン…と階段を降りる音が聞こえてきて、俺の心は途端に弾み無意識に車の外へと足が運ぶ。

「おはよう、ございます。」
小走りで駆け寄って来る彼女を、いつも通り助手席に導こうと手を差し伸べながら、

「おはよう。そんなに慌てなくてもちゃんと待ってるから大丈夫だよ。」
そう伝えると同時に、えっ!?ッと思わず驚く。

一瞬固まり見つめてしまう。
いつもかけていた黒縁のメガネをしていないのだ…。
綺麗な澄んだ大きな瞳がよく見えて、それだけでドキンと心拍数が上がる。

「メガネ…。」
驚き過ぎて言葉が続かない。

「実はコンタクトにしてみたんです。始めてなのでちょっとドキドキなんですけど…。」
恥ずかしそうな顔をする。

「可愛い…。」
思わず心の声が漏れてしまうが…。 
同時に不安が押し寄せる。こんなに綺麗になった彼女を誰もほっとがないだろうと…。

いや、もともと可愛くて魅力的なんだ。高校時代からそう思っていた。ただ、どこまでも謙虚で目立つような事はしないから、埋もれていたに過ぎない。

動揺を隠しきれない俺を見て、彼女は別の意味に捉えたらしく心配し始める。

「やっぱり…陰キャの私が、精一杯背伸びしたところで…しっくりこないですよね…。」
そう呟くように言うから、

「違う。綺麗過ぎて驚いたんだ。凄く良いと思う。勇気もいっただろうし。」
慌てて言葉を取り繕う。

「良かった…紫音さんに少しでも釣り合いたくて…。」
はにかみ微笑む笑顔が眩しい。

「そんなに気負わなくてもいいんだよ。俺が心奈にお願いしたんだ。もっと堂々と俺のそばにいてくれれば大丈夫。」

「それでは駄目なんです…。
紫音さんは本当に凄い人なので…私が、足を引っ張る訳にはいかないんです。」
必死な思いで頑張ってくれていると思うと心が震える。

「俺なんて君が思うほどたいした人間じゃないよ。心奈に相応しい男になりたいのは俺の方だ。
今日は出来るだけ側を離れないで。…心配だから。」

「粗相しないように気を付けます。」
そういう事ではないのだが…。
変な虫が付きやしないか、ただ心配なだけだ。車に乗る際、手を差し伸べるとその小さな手を重ねて来てくれる。

これは俺という人間を知ってもらいたくて、もっと触れ合いたくて、送迎時のルーティンにした。

始めのうちはやんわりと断られだいぶ凹んだのだが、今は警戒心を溶いて、当たり前のように手を掴んでくれる。

この2週間でそのぐらいに親しくなる事が出来たんだと嬉しくなる。

「本当に綺麗だ。今日の心奈はお姫様みたいだな。」
こういう時、どう女性を褒めたら良いかさっぱり分からない俺は、ガキみたいな言い方しか出来ず…。ボキャブラリーの無さに人知れず落ち込む。

「ふふふっ。王子様みたいなのは紫音さんです。白い馬車が似合いそう。…私は所詮シンデレラなので、時間が来たら魔法が解けてしまうんです。だけど…今日だけは幸せを噛み締めていたいです。」
そう言って微笑み、彼女は助手席に乗り込む。