求婚は突然に…       孤独なピアニストの執着愛

それから気持ちが浮上した紫音さんと、ファミリーレストランで食事をする。
「私…紫音さんの事何もしらなくて…パーティーで聞かれたら困るので…少し教えてくれますか?」
と、お願いすると快く話して聞かせてくれた。

高校を卒業する半年前から、ヨーロッパのウィーンに留学してた事。そのまま音楽大学に通い有名なコンクールで賞を取った事。それから何となく知名度が上がって、コンサートをしたりアルバムを出したりと、今に至るという。

「俺はたまたま運が良かっただけだ。ピアニストになりたい人間は山ほどいるし、俺ぐらいの奴だってザラにいる。」
ピアニストの世界で有名になれるのはきっとほんの一握りだろう…だけど、それを鼻にかける事もひけらかす事もしない。

それどころか、社会不適合者とまで言ってしまう。どこまでも謙虚な紫音さんに、親近感を勝手に持っていた私は、少し恥ずかしくなる。

やっぱり住む世界が全く違う…異世界の人だ。だからか、現実味が無いせいで逆に平気なのかもしれない。

「紫音さんのピアノ、聴いてみたいです。」
ハンバーグセットを食べながらそう言ってしまう私は、不謹慎なのだろうか…。

「いいよ。心奈にだったらいつだって捧げる。」
ピアノを弾く事を捧げるっていうのかな?
私は紫音さんに何を捧げられるんだろう。何も無い自分が恥ずかしくなる。

あまり深入りしない方が良い…。
きっと役割を終えた後、離れるのが辛くなる。

「心奈は、高校時代は何してた?」

「えっ…高校時代…ですか?」
突然の質問に驚くけれど、

「私こう見えて中高と陸上部だったんです。それなのに最近じゃ、ちょっと走っただけで息切れちゃいますけど…。」

「走るのが好きだったのか?」

「好き…というか、走っている間だけ無心になれるのが良かったんです。自分だけの世界に入れるというか…。」
私のなんてない話しでも、ちゃんと耳を傾けてくれる。

「羨ましいな。俺は子供の頃から手を怪我する事を避けて、体育はいつも見学だったから、思いっきり走る事も汗かく事もあまりした事がない。なんの楽しさも刺激もない学校生活だったんだ。今思うともっとやりたい事をやっておけば良かったと思うよ。」

「小さな頃からピアノやってたんですね。」

「母親がピアノの先生だったから。俺が中学の頃に亡くなったけど、父親はピアノを辞めさせなかった。母親の意思を継げって方針だったんだろうな。」

「じゃあ。ウィーンには単身で?」

「ああ、父にはあれから一度も会ってない。再婚したから、俺の事は邪魔だったんじゃないかな。それでも資金だけは20歳まで送り続けてくれたから、感謝はしてる。」

淡々と語る彼の人生は、切ないくらい寂しくて…華やかな世界で生きている筈なのに、孤独だった事を知る。