求婚は突然に…       孤独なピアニストの執着愛

気が付けば、築20年のアパートの前まで来てしまう。

「ここです。」
アパートの前で足を止める。
紫音さんは何も言葉を発しないで、ただ私を見つめて来る。
だから、今度は私の番だと勇気を絞って話し出す。
「あの、今日は…とても楽しかったです。ありがとうございます。」
と、頭を下げてお礼を言う。

握られていた彼の手がそっと離れて物寂しさを感じながら、それでも今の気持ちを包み隠さず話さなければと、言葉を紡ぐ。

「…今の、私の生活水準ではここが精一杯で…きっと、紫音さんとは雲泥の差だと思います。
だけど…こんな私で良ければ…少しでもあなたのお役に立ちたいと…思います。」

震える手をグッと握りしめて顔を上げる。

紫音さんからの応答がなくてしばらく沈黙が続く。

私の言葉が伝わって無いのだろうかと、
「よろしく…お願いします。」
と頭を下げると、突然腕を引かれて抱きしめられる。

えっ⁉︎っと一瞬パニックになるけど、不思議と病気の発作は出ない。
「あっ…ごめん。嬉しすぎてつい…。」
そう言って、直ぐにパッと離されて距離を取ってしまう彼に、少しばかりの寂しさまで感じてしまう。

「ありがとう。実はパーティは2週間後だったんだ。心奈に断られたら仮病か、逃亡でもしてしまおうかと思っていた。良かった。どうぞよろしくお願いします。」
頭を下げてくれるから、

「こちらこそ、よろしくお願いします。」
と、もう一度頭を下げた。