そしてお試し期間最後の日曜日。
私達はデートというものに出かける事になった。

始めは貴重な休日をのんびり過ごしたいだろうからと、遠慮気味だった紫音さんだったけど、もしも明日が最後だと思うと切ないと、私を夕方のドライブに連れ出してくれた。

「この先に、夜景の綺麗なレストランがあるんだ。俺もまだ行った事がないけど、きっと心奈なら気に入る筈だ。」

いつものように私を助手席に乗せた後、運転席に回って乗り込んだ紫音さんが、今日の目的地を教えてくれる。

今日はデートだと言う事で、いつもより少しおめかしして来たけれど、気付いてもらえてるのかな? 

黒のAラインのロングスカートに、ハイネックの白のセーターを合わせてみた。
その上にダークブラウンのピーコートを羽織る。でも車内はとても暖かいから、コートを脱いで膝に置く。

紫音さんは、それを当たり前のように私からサッと奪って、後部座席に置き代わりに膝掛けを渡してくれる。

「ありがとうございます。」
海外生活が長いせいか、こういう気配りが凄くて、驚くほどのレディファーストだったりする。

「今日の服、可愛いね。心奈らしくて好きだ。」
惜しげもなく褒め称えてくれるから、恥ずかしくなって頬がピンクに染まる。

「何を着るべきか分からなくて…いろいろ悩みました。」
正直にそう伝える。

そう言う紫音さんも、今日は大人びた服装をしていた。

普段の送り迎えの時はパーカーだったり、タートルネックだったりと、一見大学生風で、年より随分若く見えた。

だけど今日の紫音さんは、紺のジャケットに黒のハイネックを合わせ、黒のスキニーなパンツを履いて、大人の男の人なんだと再認識させられた。

「紫音さんも…カッコ良いです。」
私もすかさず褒め称える。

「ありがとう。でもコレ、プロに頼んでコーディネートしてもらったんだ。人の手使って卑怯だろ。」
紫音さんはまるで自虐するかのように苦笑いする。

「それでも、それを着こなせる紫音さんはカッコいいです。」
1週間、会話を交わせば彼の人となりが分かってきた。彼はピアノ以外、からっきり駄目だと自分の事を卑下する。

それはきっと私の自己肯定感を上げる為に、曝け出してくれているのではないかと思うようになった。立ち振る舞いも気配りも完璧な大人で、頭も良くて機転も効く。

だから、私にとって話しやすい人間を、演じてくれているのではないのだろうか…。

決して否定する事なく、何かにつけて褒めてくれる。包まれるような、陽だまりのような暖かさは、守られているという安心感を与えてくれた。

こんな人に会ったのは初めてだった。

男性は誰も皆、支配したがる生き物だ。そう、頭に埋め付けられた固定概念が打ち破られるのを感じだ。

このまま終わりにしてはいけない人…。
気付かないうちに、私にとって貴重で大切な存在になってしまった。

だけど…住む世界が天と地程に違う人…。
許されない程に…。

今夜の最後に私が…終わりを伝えなければならない…。