求婚は突然に…       孤独なピアニストの執着愛

「なぁ、名前で呼んでも良いかな?心奈って名前で呼びたい。俺は紫音って呼んでくれて構わない。その方がより近い存在になれた気がする。」
不意に筧さんがそう言ってくるから、

「む、無理です。だって…筧さんは私より年上ですよね?呼び捨てなんて…家族でも無いのに…。」

「そんな心奈に、家族の真似をして欲しいんだけどね。」
フッと笑う彼の横顔をチラッと見てドキッとする。

「俺は今、28。2月24日が誕生日で魚座のO型。心奈は?」

「私は…25歳です。12月10日生まれの射手座です。血液型…って必要ですか?」

「誕生日過ぎてるのか…残念だな。
必要では無いけど、心奈の事は全部知りたい。…A型だろ?」

「そうですけど…なんで分かったんですか?」

「日本人の大半はAかO型だから、心奈は繊細だしA型っぽい。
同じなら、君に輸血が必要な時は俺の血分けてあげられたのに残念だ。…何かあっちゃ困るけど。」
本当に残念そうにそう言う筧さんは、ちょっと変わってると思う。

「筧さんは…繊細なんですか?」

「俺?どうかな。ピアニストは感情豊かで繊細な心の持ち主なんていう人もいるけど、俺はどっちかというとピアノはテクニックだと思う。」

この人はどんなピアノを弾くのだろうと少し気になってくる。

「筧さんはきっと、楽しそうにピアノを弾くんでしょうね。」

「ちょっとは俺の事、興味持ってくれた?」
丁度赤信号で車が止まり、顔を覗かれる。私は急いで窓の外に目を背けて、その視界から逃げる。

そんな素っ気ない私なのに、車窓のガラス越しに映る筧さんはにこやかな笑顔で…つられて私もガラス越しに少し微笑む。

「えっ⁉︎…心奈…今、笑った?」
へっ?っと思いくるっと視線を筧さんに戻すと、目が合って驚いた顔で固まっている。

ブッブー
後方の車からクラクションを鳴らされて、信号が青に変わった事を知らされる。慌てて筧さんは車を走らせる。

「ねぇ、心奈。筧さんじゃなくて、紫音って呼んで。ちょっと練習してみなよ。」

「えっ…本気ですか?
…男性の人を名前呼びなんてした事無い…です。」

「そうなんだ。じゃあ記念すべき第一号だ。早く…。」
そう筧さんが嬉しそうに急かしてくるから、

「し…紫音…さん。」
小さく呟く。
「えっ…?」
聞き返してくるから、再度勇気を振り絞り、

「紫音さん…。」
両手で顔を隠くしたくなるほど恥ずかしい。
きっと真っ赤だ。何でこんな仕打ちを受ける羽目に…

「ありがとう、すっごく嬉しい。さんは要らないけど、とりあえず今はそれで許そう。」
この人の嬉しいツボが全く分からない…

その後もバイト先に着くまで、たわいない会話は続いて、あっという間の15分だった。