求婚は突然に…       孤独なピアニストの執着愛

少し走り出すと、いつもと違う街の景色が珍しくて、車窓から通り過ぎて行く街並みをじっと見てしまう。

「車って早いですね。しかも視界が高いから、いつもの風景がなんだか違って見えます。」
住宅地を抜けて商店街に入ると、飲み屋さんやラーメン屋さんの街頭がキラキラして、不思議と綺麗に輝いて見える。
なんとなくテンションも上がってきて、キョロキョロとしてしまう。

「どの道を普段通っているのか分からないけど…君の住んでいる辺りは街灯が少なくて心配だ。」

「ここ、3週間前に引越したばかりなんですけど、特に怖い事はなかったですよ。」
この人は心配症なんだろうか…。まるで父親のように心配してくる。

「最近…引越したんだ。もっと早く君を見つけられたら良かったな。」
何故か筧さんは、大きなため息を吐いて落ち込んだように見える。

「以前はもっと駅近に住んでいたんですけど…半年前に仕事を辞めてしまって…。」

彼の持っている父親のような包容力や、穏やかな空気感になんとなく心地よさを感じてしまい、いつの間にか身の上話をしてしまう。

なぜ会社を辞める事になったのか、なぜ男性恐怖症を発症したのか…普段ならこんな会ったばかりのしかも男の人に、話しをするなんて事なかった。

「そんな会社、辞めて正解だ。」
しかも憤りを露わにして、自分の事のように怒ってくれる。

「私…社会不適合者なんです…上手く立ち回ることが出来なくて、自分に自信なんてこれっぽっちも無くて…。」
自分の気持ちまで露としてしまう。

「葉月さんが…社会不適合者なら俺なんてもっと不適合者だ。今までバイトもした事なければ、会社勤めの経験も無い。もっと言うなら、掃除洗濯、家事もろくに出来ないし、ピアノを弾く事しか脳が無い。」
彼みたいな完璧な人がそんな事を言ってくるから、

「私と筧さんとは住んでいる世界が違うんです。家事なんて出来なくても、やってくれる人がいる筈ですから。」

「それは…ハウスキーパーを雇ってはいるけど…俺はそうやって、誰かに頼らないと生きていけない。だけど君はちゃんと働いて家事もして、自分の事は自分で出来るだろ?」

「必要に駆られてです…。」

「それでも出来る君は尊敬に値する。」
何故かそう褒められて、不思議と悪い気はしない。