それは知識です。経験、仕草、情報、そういった価値の容易く測れないもの。いつでもそれらは人の選択の基準になっている。そしてそれらは、形あるものよりもずっと安全に手に入れることができて、簡単にはなくならない。なおかつひとたび手にすれば、私自身の価値を大きく高めてくれる。
それに気付くと私は、徹底的に先達に寄り付き、話や行動、食事や習慣に至るまであらゆることを模倣しました。だけではなく、それらの知識が集まると、自身の解釈で扱いやすいように整理し、自身の身を立てる糧にした。飽くことなくそうした行為を繰り返し、身につけていく姿が、たまたま人目についたのでしょう。
その公爵様は、私の将来を見込んで大きく投資してくれましたよ。彼にとってははした金の余興程度にしかすぎなかったでしょうが、そうして設立したひとつの商会が、今ではかつて私を顎で使った人もひれ伏すような大組織に成長したのですから、人生とはおもしろいものです。
もちろん私は自分が特別だったなどとは、口が裂けても言いませんよ。
きっと両親が健在で、愛されて何不自由ない生活を送ってきたのならば、私もなんのことはない普通の人生を送れていたでしょうから。それもまたひとつの幸せだったはず。
だが実際には、そうではなかった。そして、私は自分の他にもそうしたすべてに見放された人たちを、ごまんと見てきました。同時に、私たちの上に存在する、血のわずか一滴すら尊ばれる人々の姿も。
それに気付くと私は、徹底的に先達に寄り付き、話や行動、食事や習慣に至るまであらゆることを模倣しました。だけではなく、それらの知識が集まると、自身の解釈で扱いやすいように整理し、自身の身を立てる糧にした。飽くことなくそうした行為を繰り返し、身につけていく姿が、たまたま人目についたのでしょう。
その公爵様は、私の将来を見込んで大きく投資してくれましたよ。彼にとってははした金の余興程度にしかすぎなかったでしょうが、そうして設立したひとつの商会が、今ではかつて私を顎で使った人もひれ伏すような大組織に成長したのですから、人生とはおもしろいものです。
もちろん私は自分が特別だったなどとは、口が裂けても言いませんよ。
きっと両親が健在で、愛されて何不自由ない生活を送ってきたのならば、私もなんのことはない普通の人生を送れていたでしょうから。それもまたひとつの幸せだったはず。
だが実際には、そうではなかった。そして、私は自分の他にもそうしたすべてに見放された人たちを、ごまんと見てきました。同時に、私たちの上に存在する、血のわずか一滴すら尊ばれる人々の姿も。



