俺の彼女は高校教師

 3階から2階へ下りる。 2階から3階へ戻る。
それから1階まで下りて講堂を一周して3階へ戻ってきた。 (何やってんだこいつは?)
 不思議な顔で歩いていると久保山先生が職員室から出てきた。 「オー、吉田じゃないか。 何してるんだ?」
「昼の散歩ですよ。」 「とても散歩には見えんがなあ。」
(ギク、、、。)) 「まあ迷惑だけは掛けるんじゃないぞ。」
「はーーい。」 返事だけはしておいて振り向いたら有村先生に正面衝突してしまった。
「何処見て歩いてるのよ? 変態。」 「ごめんなさい。」
ムッとした顔で歩いて行く有村先生を見送ってから教室に戻ってくる。
 香澄はというと何事も無かったような顔で椅子に座って頬杖をついております。 何なんだこいつは?
進学組は週末のセンター試験に向けて最後の追い込み中。 おかげで昼休みも静かなまま。
 その静けさのままに午後に突入ですよ。 国語と音楽ですなあ。
もちろん音楽なんて就職組だけ。 なんか物足りない。
 放課後になると就職組はさっさと荷物をまとめて家出でもするように逃げ出していきます。 俺も小百合や純と話しながら校門まで来ました。
そしたら校門の陰に誰かが居る。 小百合がそっと覗いてみると、、、。
 「弘明君 私なんかじゃなかったのね? 高橋先生に妊娠させたりして。 そこまで好きなんだったら言ってほしかった。 何で言ってくれなかったの?」
俺たちから隠れるようにして香澄が一人で泣いていた。 (あいつ、誰に聞いたんだろう?)
 純も泣きじゃくる香澄を見詰めている。 「しょうがないよ。 これも縁なんだから。」
小百合はさっさと歩き始めた。 俺はどうも香澄を一人に出来なくて傍に寄ってみた。
「弘明君、、、。」 「香澄、、、。」
「もう私には近寄らないで。 高橋先生が居るんだから。 私には声も掛けないで。」
そう言うと香澄は振り返らずに走り去っていった。 静かに雪が降り続いている。
来月には卒業試験が有る。 それが終われば高校生活も終わってしまう。
卒業式を澄ませば俺たちは離れ離れになる。 もちろん仲のいいやつはこれからも会うだろうけど、、、。

 3月8日、この日は金曜日だ。 俺たちは緊張した顔で講堂に集まっていた。
「本日、皆さんはこの高校を巣立っていかれます。 進学される方も就職される方もいらっしゃるでしょう。
ただ一つ、忘れてほしくないことは一人の人間として一人の社会人として義務と責任を担う大人であっていただきたいということであります。」
 校長の長ったらしいスピーチが終わると来賓の祝辞が続いて卒業式は終わった。 「やっと終わったぞ。」
教室に戻ってくると改まった顔で久保山先生が入ってきた。 「お前たち、3年間よく頑張ったな。 おめでとう。」
みんなは渡された卒業証書を何度も見直している。 「ほんとに終わったんだな。」
 「いいか。 これからお前たちは一人の社会人として見られることになる。 一人の大人として扱われることになる。
進学する連中もそれは同じだ。 いつまでも学生じゃ居られないことを肝に銘じておくんだな。」
 久保山先生がみんなを見渡している。 「それからもう一つ、話しておきたいことが有る。」
そう言った所でドアが開いた。 「高橋先生じゃん。」
 「実は高橋先生から話が有るんだ。 聞いてやってくれ。」 そう言われて美和が教壇に立った。
 「今まで私は学校を休んでました。 皆さんには迷惑も掛けました。 寂しい思いもさせました。
今日、やっと決心が付いたので皆さんにお話ししようと思ってここへ来ました。」
そう言った美和は俺に目配せをした。 胸を突かれた俺は美和の隣に立った。
 「実は今、妊娠してるんです。 父親は吉田君です。」 「えーー?」
「私も妊娠が分かるまでは彼を恨みました。 泣き明かしたことも有ります。 でも妊娠が分かった時、彼を心から愛したいと思うようになったんです。」
「弘明、やったなあ‼」 みんなは拍手で迎えてくれた。
 「8月には生まれてくる予定です。 私は彼と二人で生きていきます。 落ち着いたらこの学校にも戻ってきます。 皆さんは卒業してしまったけど。」
「吉田。 お前も挨拶くらいしろよ。」 久保山先生が俺の脇を突いてくる。
 「こんな可愛い先生を捕まえておいて無視するなよ。」 「ああ、、、。」
美和が俺の手を握った。 「俺、これから修理工場で働きます。 高橋先生のために、、、いや、美和のために頑張ります。」
「ほんとか?」 「死ぬ気で働きます。」
「死んだら働けないぞ。」 雄二の突っ込みにみんなはドッと笑った。
 「いいか。 吉田はこれから一人の男として社会に出て行くんだ。 高橋先生ともども拍手で見送ろうじゃないか。」 久保山先生の合図でみんなは立ち上がった。
俺たちは揉みクシャにされながら教室を出て行った。 「終わったね。」
「何言ってるの? これからが始まりよ。」 「そうか。 そうだね。」
「学生気分は捨てなさい。」 「厳しいなあ。」
「そりゃあ厳しいわよ。 私はあなたの妻なんですから。」 俺たちが昇降口まで歩いてくると、、、。
「あらあら美和ちゃん おめでとう。」 ミナッチと有村先生が花束を持って駆け寄ってきた。
「そんな大げさな、、、。」 「いいのよ。 一世一代の大事件なんだから。」
「吉田君 高橋さんを泣かせたりしないのよ。 泣かせたら許さないからね。」 「分かったよ。」
「何ですって? 男は分かりましたって答えるものです。」 「わ、分かりました。」
(心配だなあ。 美和ちゃん きちんと教育しなさいよ。」 「分かりました。」
「女を怒らせたら鬼より怖いんだからね。 吉田君。」 「は、はい。」
 昇降口を出て行く。 まだまだ桜は蕾が膨らみ始めたばかり。
「うちに来るでしょう?」 「そうだね。 寄ろうかな。」
美和は幸せそうな顔でフェアレディーのドアを開けた。 これから美和と二人の生活が始まるんだ。
 母ちゃんたちはこの話を聞いてしばらく何も言えずに固まっていた。 「美和ちゃんがそれでいいなら、、、。」
父さんもしばらく考えた末に「弘明も承知してるんならいいだろう。 でも無責任な離婚だけはするなよ。」
そう言って送り出してくれたんだ。 「あんたやっと美和を捕まえたのね。 もう私を抱こうなんて考えちゃダメよ。」
「それは姉ちゃんのほうじゃないのかなあ?」 「何だって? ばらしちゃおうかなあ?」
「もうばらしちゃってるけど、、、。」 「ああこら、待てーーーー‼」
 昨日まであんなに絡んでいた香澄も遠くなっちまった。 離れてみるとどっか寂しく思えるもんだなあ。
でもこれで良かったんだ。 あいつはあいつなりにうまくやるよ。
 今日からはこのマンションで美和と二人きりなんだ。 夏には子供が生まれてくる。
新しい人生がここから始まる。 どんなことが待ってるんだろう?
 美和はエプロンを着けると台所に立った。 「お昼は何がいい?」
「そうだなあ。 美和が得意なやつでいいよ。」 「そう? じゃあ、、、。」
冷蔵庫を開けて具材を探している。 今までには見なかったような美和がそこに居る。
明日はどんな日だろう? 野菜を炒めている美和の隣に立った。
「死ぬまでよろしくね。 あなた。」 美和の長い髪が揺れた。