「まぁ、とりあえず肩の力抜いていこうな。少しくらい失敗しても大丈夫だから」
体育館へ向かう道中、そんな励ましの言葉をかけてくれる山内先生に私が小さく笑顔を向けた、その時だった。
あれ……?今、あそこに誰かいた……?
廊下から見える向かいの旧校舎。
私は視界の端に、人の姿をとらえたような気がして慌てて振り返り、目をこらす。
けど、私がもう一度確認した時には誰もいなくて……。
たしかあっちの校舎は、今はほとんど使われてなくて物置きになってるはずだよね?
本校舎の真向かいに位置する旧校舎は、15年前までは校舎として利用していた建物らしい。
私が入学した時にはすでに、新しい本校舎が建っていたから、私は足を踏み入れたことがなかった。
見間違い、だよね……?
不安に思って再度、向かいの旧校舎に視線を戻してみるも、やっぱり誰もいない。
もしかして、ゆ、幽霊……とか?
旧校舎の怪談は、いくつか聞いたことがあった。
3階の女子トイレの奥から3番目には花子さんがいる、旧パソコン室には昔亡くなった男子生徒の霊が出る、4時44分44秒に音楽室のモーツァルトの絵が笑う。
そんなよくある学校の七不思議。
元々、幽霊は信じていない私は、全部噂だと気にしてなかったけれど、実際に人影らしきものを見てしまうとそういうわけにもいかない。
自慢じゃないが、視力は良いほうなのだ。
それにさっきの場所って、旧パソコン室あたりだったよね?
【旧パソコン室には昔亡くなった男子生徒の霊が出る】
その怪談を思い出し、ゾクッと背筋に悪寒がはしった。そして、徐々に私の顔から血の気が引いていく。
すると。
「ん?遠城寺、旧校舎の方なんか見てどうかしたか?なんか顔色悪い気が……」
私の異変に気づいた山内先生が、心配そうに声をかけてくれる。
「い、いえ。何でもないです!私、元気が取り柄なので。やっぱりちょっと緊張してるみたいで……あはは」
なんだか口に出してしまえば、幽霊の存在を肯定してしまうような氣がして私はブンブンと首を大きく横に振って、先生に元気であることをアピールした。
「そ、そうか?それならいいが……」
「無理するなよ」と言う先生の言葉に私は笑顔で頷く。
よし……。今のはやっぱり気の所為!全部なかったことにしよう。うん、そう決めた!
1人心の中で納得し、その後は何事もなかったように振る舞い、山内先生と共に体育館へと向かう。
けど。
「……遠城寺詩生、ね」
先ほど人影を見た向かいの旧校舎から、去っていく私達の後ろ姿を見ている人物がいた。
フッと楽しげに微笑むその人物は、くるりと踵を返し、旧パソコン室の中へと消えていく。
私が、彼の存在を知るまであと少し――。



