「……ちゃんと説明できなかったな」
詩桜の不安げな表情を思い出すと、胸がズキッと痛む。
「ハル」
ヤツの存在が浮上してから、俺はもう一度、学園全体の教員から生徒の情報を洗いざらい調べ直した。
修学旅行の日程や移動場所、それにグループの構成まで正確にわかるなんて、どこかに内通者がいるとしか思えなかったからだ。
学園全体ということは、詩桜や山内先生も例外ではない。
もちろん、2人がほぼ確実にシロだと言うことは分かっていた。けど、アメリカにいた頃、仲間だと信頼していた友人がスパイだったという実例もある。
詩桜と距離を置いていたのもそのためだった――。
……詩桜には、あとできちんと謝るとして、内通者を早く突き止めないといけない。
そんなことを考えながら、サッカーの試合を眺めている俺に向かって。
「わぁ……!蜜生くん!見た?さっきのディフェンスすごかったわね」
ニコニコと満面の笑みで俺に声をかけてきたのは、隣のクラスの香坂綺羅莉だ。
実は、彼女が俺が内通者として疑っている人物の1人。
彼女の父親は大手建設会社の社長で、この学園は香坂建設が設立した記録が残っていた。
それに加え、彼女の父親は学園にも多額の寄付をしており、現在PTAの会長まで務めている。つまり、学園内での発言力も大きいというわけだ。
俺の経験上、こういうタイプは何かしら裏の組織と繋がっている可能性があり、疑っておいて損はない。
そういう理由で、早めに白黒ハッキリさせようとわざと、彼女に接近をはかってみたが……。
突然、隣から感じる熱い視線に、ゾクッと鳥肌が立った。
横目で確認すると、頬を赤らめ、うっとりと俺を見つめる香坂の姿が視界に入り、思わず苦笑いを浮かべてしまう。
シロだな……。
俺がそう確信した、その時。
「佐藤くんっ!」
切羽詰まったように名前を呼ぶ声が聞こえ、反射的に声のする方向を振り返った。
「八坂?」
そこには、詩桜と仲の良いクラスメイトの八坂初奈の姿があった。
いつもクールな八坂からは想像できないくらいの焦りように俺は目を見張る。
「ねぇ、この辺で詩桜と美春を見なかった?実は、具合が悪そうな詩桜をベンチで休ませるって美春が連れて行ったんだけど、姿が見えなくて……」
「詩桜と花園が……?」
「うん、電話にもでないし……。2人とも何処に行っちゃったんだろう」
不安げな八坂の表情を見た瞬間、嫌な予感が俺の脳裏をよぎった。
「ちょ、蜜生くん!?」
「佐藤くん、どこ行くの!?」
その瞬間、俺は八坂と香坂の声を背に走り出す。
実は、俺があげていた内通者候補の中に「花園美春」が入っていた――。



