「それじゃ、今回、誘われたバイトについて教えてくれると助かるな」
「えぇ、もちろん。私が知ってることは全部話すわ」
真剣な表情のお姉さんは、蜜生くんの言葉に素直に返事をする。
現在、私と蜜生くん、山内先生は、修学旅行先のホテルへと戻ってきていた。
実は、今私達がいる部屋は蜜生くんを誘拐しようとしたお姉さんが泊まっている部屋。
どうやら雇い主から、同じホテルに泊まるように用意されていたらしい。
ちなみに初奈ちゃん達は、先生たちの判断で大事を取って1日病院に入院することになった。
検査の結果も問題無いし、目が覚めた時も元気そうにしていたからひと安心だ。
そして、幸か不幸か、皆駄菓子屋でジュースを飲んだあとの記憶は全くないらしく……。
倒れたあとに正体を明かしたお姉さんの存在も、蜜生くんや私が誘拐されかけたことも何も知らない状況だったりする。
「1週間前のことよ。SNSを何気なく見てたらバイト募集を見つけたの。結構ギャラもよかったし、実際に演技させてもらえるバイトってそうないからすぐ応募したわ」
そう言ってポツリポツリと語りだしたお姉さんの名前は、野木琴葉さん、25歳。
東京の小さな劇団で俳優をしているらしい。
けど、俳優の稼ぎだけでは生活ができず、色々なバイトを掛け持ちし、生活費を稼いでいるとのこと。
「私が雇い主に言われたことは、2つ。1つが私の役柄について。役としては、あなたを誘拐する役で、指示された場所に連れてくるっていうもの。2つ目があなたの簡単な情報ね。最初は役の設定だと思ってたんだけど……」
おずおずと蜜生くんに視線を向ける琴葉さんはなぜか言いにくそうに口ごもっている。
「……まぁ、何を聞いたか知らないけどお姉さんが気にすることないから全部忘れてくれる?」
笑顔を浮かべる蜜生くんだが、目の奥が笑っていない。
それに気づいた琴葉さんの顔色がだんだんと悪くなっていくを私は見逃さなかった。
「まさか本当の誘拐だなんて思わなかったの。ごめんなさい……。謝って許されることじゃないのはわかってる。私のせいで入院してる子もいるし……」
震える声で言葉を紡ぐ彼女に私も山内先生もどう声をかけていいか分からず、お互い黙り込んでしまう。
しばらく室内に重い空気が流れた。
その時。
「まぁ、お姉さんが反省してるのはわかったし。俺も目立ちたくないから公にするつもりはないよ。ただ1つある作戦に協力してほしいんだけど、どう?」
ニヤリと不適に微笑んだ蜜生くんに、私達3人は顔を見合わせ、ゴクリと息を呑む。



