「まぁ、とにかく。俺も佐藤の事情はよく理解しているから、遠城寺も何かあればいつでも頼ってくれ。もちろん、俺も遠城寺の秘密は口外しないから安心してくれ」
優しく声をかけてくれる先生に私はコクリと頷く。
山内先生のことだ、勝手に話すなんて思ってはいない、けど……。
「あの、先生は私のこと、どこで知ったんですか……?」
気になったのは、どこから私の過去の経歴がわかったのかと言うこと。もちろん、昔の新聞記事や、大会記録を調べれば情報は嫌と言うほどでてくるはず。
でも、中学に入学してからというもの、徹底的に武道を避けてきたし。
母親似の小柄な見た目も相まって、私を見て武道をしていたなんて結びつける人は、ほんのひと握りだと思う。
それに、私が通う中学校には武道系のな部活がないから、現在、私のことを知っている人が稀なはずなのだ。
ジッと先生の顔を見つめ、私は返答を待つ。
すると、一瞬懐かしそうに目を細めた先生は。
「実は俺の弟も空手しててさ。ちょうど、小学校低学年くらいの時かな?弟の大会に付き添ったことがあってさ。その時、大会の会場で、遠城寺を見かけたんだよ。いや〜あの時の遠城寺はすごかったなぁ。俺も度肝抜いたよ。うちの弟も最終的に遠城寺に負けたしな」
と爆弾発言を投下した。
「え……。そ、そうなんですか?」
まさか先生が私の試合を見たことがあって。
しかも、先生の弟さんを倒しちゃってたなんて……。
もう苦笑いを浮かべることしかできなくて、アハハと乾いた笑みを浮かべる私。
「ハハッ。なにそれ。さすが詩桜。俺もその試合見てみたかったなぁ」
「いや、本当に見事なもんだったぞ。うちの弟も結構強い方だと思ってたんだが、遠城寺みたいな小柄な女の子に、数分でやられちゃってさ」
うっ……。
自分の武勇伝を他人から語られると、なんだかムズムズして落ち着かない。
「それに弟も遠城寺へのリベンジに燃えてたんだけど、いつからか遠城寺が大会に全く出なくなっちゃって、しばらく落ち込んでたよ、覚えてないか?名前は……」
「山内先生、そろそろ職員室戻ったほうがいいんじゃないですか?ここで油売ってるのバレちゃいますよ?」
突然、先生の言葉を遮った蜜生くんが、少し不機嫌そうに呟いた。
山内先生は、そんな蜜生くんを見て一瞬、驚いたような表情を浮かべたが、
何かを察したようで「はは〜ん」と口元に手を添えてニヤニヤとほくそ笑む。
「そっか、そっか。佐藤がなぁ。だから、俺の提案に素直に頷いたってわけか。じゃあ余計なことは言わないようにしないとなぁ」
「……」
蜜生くんに向かって言っているのに、完璧に先生を無視した彼は、カタカタとキーボードを操っていた。
「……本当、可愛げのないやつ。ま、いいけどさ。じゃあ、本当に戻らないとだから、俺もそろそろ行くわ。2人ともまた明日教室でな」
最後に私に笑顔を向けた先生は、くるりと踵を返し、足早に秘密部屋を出て行った。
バタバタと、駆け足で去っていく先生の足音が聞こえなくなり、廊下がしんと静まり返った頃。
「でも、まさか、山内先生と蜜生くんが同じ大学だったなんてビックリしたよ。もしかしてうちの中学を選んだのも山内先生がいたから?」
蜜生くんに向かって、私はおもむろに声をかける。
「まぁ、先生がいるとなにかと都合もいいし。ちょうどこの学校の理事長からシステム管理の件で相談もきてたし、タイミングが合ったって感じかな」
サラッとそれだけ言ってのけた蜜生くん。
別に聞くなと言われたわけじゃないのに、それ以上深掘りした話をするのはタブーな気がして、「そうなんだ」と私は小さく相槌を打った。



