あやめお嬢様はガンコ者

「あやめ、迎えに来たよ」

夕方になり、久瀬くんが車で迎えに来てくれる。
母とさちさんに、行ってらっしゃい！と見送られ、私達は久瀬くんのマンションに帰った。

コーヒーを淹れてソファで飲みながら、久瀬くんが真剣な顔で口を開く。

「いい？あやめ。これからは毎日俺と通勤すること。俺と一緒に帰れない時は必ずタクシーを使って。分かった？」
「はい」
「昼間も人通りの少ない道を使わないこと。いいね？」
「はい、分かってます」

以前襲ってきた犯人は不起訴処分となり、事件は公にされていない。
犯人が勤めていた会社は懲戒解雇処分となったが、いつまた逆恨みのように私に接触してくるかもしれなかった。
危機感はしっかり持たなければ。

「でもこれから夜寝る時はずっと俺と一緒だから。安心して」
「うん！嬉しい」

パッと笑顔になる私に、久瀬くんも微笑む。
ネットでオーダーした食材が届くと、私は早速夕食を作った。

「こんなに美味しいあやめの手料理が食べられるなんて、本当に幸せ者だな、俺は。でも毎日無理して作らなくていいからね？食器洗いや掃除、洗濯も俺がやるし、風呂洗いも……」
「もう久瀬くんったら、そればっかり」
「でも知らないところであやめに負担をかけたくない。いい？これからは何でも正直に教えて」
「分かった。久瀬くんが大好き」

思っていることを素直に口にしただけなのに、久瀬くんは不意打ちを食らったように目を見開いて固まった。

「まったくもう……。なんだ？このお嬢様は。可愛くてたまらん」
「言ったらダメだった？」
「全然。食事終わったら、俺も倍返しするから」
「ん？倍返し？」
「いいから、早く食べよう」

なんとなく噛み合わない会話は、あとで嫌というほど思い知らされた。
久瀬くんの愛のささやきと降り注ぐキスで……。