あやめお嬢様はガンコ者

「あやめ、庭を散歩しない?」

食事のあと、久瀬くんに誘われて私達は庭に出た。
美しい日本庭園は丁寧に整えられていて、歩いているだけで気持ちが落ち着く。

縁側に座り、久瀬くんと静かに語り合った。

「俺には10歳離れた兄がいてね。今日は仕事の都合がつかなかったけど、父と同じ大学病院で外科医をしているんだ。俺はそんな父と兄の話をいつも横で聞いていた。俺も医師を目指して医学部を受験するつもりだったけど、高校3年生の時に進路を変えたんだ。ふたば製薬に勤めたいと思ってね」

ええ!?と私は思わず仰け反る。

「そ、そんな!どうしてうちなんかに?」
「もちろん、ふたば製薬の理念に感服したからだよ。父と兄はいつもふたば製薬の薬をありがたいと話していたからね。どんなに腕のいい医師も、薬がなければ病気を治せない。それなら俺は、患者さんに優しい薬を作るふたば製薬に入って医療を支えたい、そう思ったんだ。だから入社面接の時に、社長にその想いを伝えた。売れる薬ではなく、患者さんに寄り添った薬を研究している御社に、私は自分の人生をかけて貢献したいってね」
「そうだったの……」

私は以前、父が久瀬くんに言った言葉を思い出す。

『久瀬くんは、入社面接の時から並々ならぬ想いを持っていた。あの時君が語った言葉を、私は今も大切にしているよ』

あれはこのことだったのだ。
そうと分かった今、私は心の底から喜びが込み上げ、感動で胸がいっぱいになる。

「久瀬くん」
「ん?なに?」
「ありがとう、ふたば製薬に入ってくれて。私達の想いに気づいてくれてありがとう。私を好きになってくれて、本当にありがとう」
「あやめ……」

いつの間にか潤んだ私の目尻を、久瀬くんがそっと指先で拭って笑う。

「俺の方こそ。あやめ、俺との結婚を決意してくれてありがとう。お嬢様なのに誰よりも心が綺麗で優しいあやめが、俺は大好きだよ」
「私も。久瀬くんが大好きなの」

久瀬くんはふっと頬を緩めると、急に切なそうに眉根を寄せる。
そして愛おしむように、私に優しいキスをくれた。