あやめお嬢様はガンコ者

「えっ!ここが久瀬くんのご実家?」

私は立派な門構えの日本家屋に、驚いて目を見張る。
結婚のお許しをもらいにやって来た久瀬くんの実家は、京都の静かな住宅街にあった。

新幹線を降りてタクシーに乗り、ドキドキしながら着いた先は、どう見ても一般的な家ではなかった。

「ちょっ、待って!久瀬くんって、御曹司なの?」
「ん?まさか。普通の家庭だよ」
「これが普通!?」
「ほら、早くおいでよ、あやめ」

久瀬くんが差し出した手を握り、私ははやる気持ちを必死で抑える。
カラカラと玄関の引き戸を開け「ただいま」と久瀬くんが声をかけると、私の緊張は頂点に達した。

「お帰りなさい。まあまあ、遠いところをようこそ。司の母です」

品の良い久瀬くんのお母様に、私は深々と頭を下げる。

「はじめまして、小泉あやめと申します。本日はお忙しい中お時間を頂戴し、ありがたく存じます」
「こちらこそ。さあ、どうぞ上がってください」
「はい。失礼いたします」

脱いだ靴を揃えてから久瀬くんに続いて和室に案内される。

「これはこれは。小泉あやめさんですね?お待ちしていました。司の父です」
「はじめまして、小泉あやめと申します」

立ち上がって挨拶してくれる久瀬くんのお父様に頭を下げながら、私は心の中で首を傾げた。

(お父様、私のことをご存知なのかしら?)

正座をして改めて挨拶してから手土産を差し出し、勧められて座布団に膝を進めた。

顔を上げると、久瀬くんによく似た彫りの深い顔立ちのお父様は、にこにこと笑顔を浮かべながら感慨深げに私に頷く。

「ふたば製薬のご令嬢とお会い出来るなんて、本当に嬉しいです。こんなに素敵な方が、まさかうちの息子と結婚してくれるだなんて。大丈夫なのですか?あやめさんのご両親は、さぞかし反対されたでしょう?」
「とんでもないことでございます。わたくしの両親とも、ありがたいことだと感謝しております。くれぐれもよろしくお願いいたしますと申しておりました」
「そうですか。いやー、やはりお人柄が素晴らしい」

視線を落としつつ、私はチラリと久瀬くんを見た。
どういうことなのだろう。
お父様は、ふたば製薬をご存知なのだろうか?

すると私の疑問を察したらしい久瀬くんが、口を開いた。

「あやめ。うちは代々医者の家系なんだけど、父は大学の医学部で教授をしているんだ。ふたば製薬の薬を取り分け気に入っていてね」
「まあ!そうでしたか」

私が驚いていると、お父様が「おいおい、気に入ってるってなんだ」と苦笑いする。

「あやめさん。ふたば製薬の薬は副作用が少なく、患者さんに優しい。私は医学の研究にも力を入れているからよく分かるんです。効果は抜群だけど強い副作用がある薬は、患者さんにとっては辛い治療になる。だけどふたばさんの薬は、とことんまで副作用を抑えようと作られている。きっと患者さんに寄り添いながら薬の研究をされているのだろうなと常々感じていました。機会があれば、一度社長にお目にかかりたいと思っていたんですよ。それがまさか、ご令嬢がうちの息子と結婚してくれるだなんて。何度も言いますけど、本当に大丈夫ですか?」
「もちろんでございます。わたくしの両親こそ、娘をもらってくださるなんてと感謝しておりました」
「そうでしたか。なんとありがたいことか。司、お前は気を引き締めて、一生あやめさんを大切にするのだぞ?」

久瀬くんは姿勢を正し、もちろんですと頷く。

「あやめさん、どうか息子をよろしくお願いします」

ご両親に頭を下げられ、私も慌てて頭を下げた。

「こちらこそ。ふつつか者ですが、幾久しくどうぞよろしくお願い申し上げます」

しんみりとした雰囲気に包まれ、私の目にじわりと涙が滲む。
久瀬くんがそっと手を伸ばし、私の手に重ねてくれた。
私が顔を上げると、久瀬くんは優しく微笑んで頷く。
私も涙を堪えて頷いた。

「さあ、では乾杯しましょうか」

お父様が明るく切り出し、お寿司を囲んで乾杯する。
和やかにおしゃべりしているうちに、私の緊張もいつの間にかほぐれていた。