あやめお嬢様はガンコ者

ーーーSide.久瀬---

タクシーであやめさんのお屋敷に向かいながら、俺はずっとあやめさんと手を繋いでいた。
あやめさんは恥ずかしそうにうつむいているが、はにかんだ表情がたまらなく可愛らしい。
俺も自然と顔がニヤけてしまい、さり気なく片手で口元を覆った。
唇には、今も柔らかなあやめさんとのキスの感触が残っている。

(はあ、幸せ。ついに、ついに!こじらせお嬢様が俺を好きだと言ってくれた)

夢に見た幸せをやっとこの手に掴めた喜びは、言葉では言い尽くせない。
本当はこのまま俺のマンションに連れ帰りたかったが、なんとか堪えた。
なにせ相手は筋金入りのお嬢様だ。
一歩ずつ少しずつ進んで行かなければ。
 
まずは想いが通じ合った今夜の喜びをかみしめよう。
俺はあやめさんの恋人になれたんだ。
いや、ちょっと待て。
ひょっとしてあやめさんは、俺達が両想いだと周りに知られたくないのかも?

チラリとあやめさんの様子をうかがうと、俺の視線に気づいたのか、ふと上目遣いに俺を見た。
目が合うと慌てて視線を落とし、頬を赤く染める。

(か、可愛すぎる。今すぐ押し倒してキスしたい)

必死に気持ちを抑え、己に「いかん!」と言い聞かせた。
やがてお屋敷に着くと、タクシーを降りてあやめさんと向かい合う。

「それじゃあ、また会社で。おやすみなさい、あやめさん」
「はい、今夜はありがとうございました。おやすみなさい、久瀬くん」

恥じらうような笑顔のあやめさんをそっと抱き寄せ、頬にキスをする。

「おやすみ」

耳元でささやくと、あやめさんは真っ赤になって慌てて背を向けた。

「それでは、これで。送ってくれてありがとうございました」

そそくさと門扉を入り、アプローチを抜けて玄関に向かう。
最後にこちらを振り返ったあやめさんに、俺は軽く手を振った。
あやめさんも小さく振り返してくれる。
そしてようやく玄関扉を開けて姿を消した。

(なんとか堪えた俺、えらいぞ!でもなあ、早く結婚して一緒に住みたい)

これまでは両想いになるのが夢だったが、それが叶うと今度は結婚を夢見る。
恋愛とはなんと貪欲なのだろう。
いや、相手があやめさんだから致し方ない。
そんなふうに己を納得させつつ、俺は再びタクシーに揺られて自宅マンションへと帰った。