タクシーで向かった先は、湾岸エリアのラグジュアリーなホテル。
最上階のフレンチレストランに入ると、窓の外に広がる夜景にうっとりと見とれた。

久瀬くんがワインとコース料理をオーダーしてくれて、二人で乾杯する。
美味しいワインとキラキラ輝く夜の海に、私は夢見心地になった。

「良かった。あやめさん、少しは息抜きになったみたいで」

久瀬くんの言葉に、え?と首を傾げる。

「新部署の立ち上げで、ずっと気を張り詰めてたでしょう?しかも遅くまで残業して。ストレス抱えてたと思います」
「そんなことないです。残業も好きでやっていたので」
「それでも知らず知らずのうちに負担になっていたと思います。誰でもそうですから」

そう言って久瀬くんは優しく微笑んだ。
思わずドキッとして、私は視線を落とす。
アルコールのせいなのか、胸のドキドキが止まらない。
料理を食べながらも、顔を上げることが出来ずにいた。

「とっても美味しい」

ポツリと呟くと、久瀬くんがクスッと笑う。

「それは良かったです。あやめさん、ずっとうつむいてるから元気ないのかと思ってました」
「そういう訳では……」
「じゃあ、顔を上げてください」

そんなふうに言われると、ますます顔を上げ辛い。
チラッと上目遣いに久瀬くんを見るのが精いっぱいだった。

「あやめさん、逆効果ですよ」
「え?何が?」
「何でもない素振りをしたいのかと思いますけど、逆にめちゃくちゃ可愛いです」
「はい!?」

顔から火が出そうなほど真っ赤になるのが自分でも分かった。

「そのまま続けてくれていいですよ、可愛いから」

涼しげな顔で言い、久瀬くんは綺麗な所作でフォークとナイフを動かす。
私だけがドギマギと焦っているのが恥ずかしくなった。
居住まいを正し、気持ちを切り替えて真顔を作る。
心を無にして食事に戻る私に、久瀬くんはまたしてもクスッと笑った。