「あやめさん、おはようございます!」
「おはよう、由香里ちゃん」
お見合いの翌日、私はいつも通り始業時間の30分前に出社した。
加湿器やポットのお湯を準備し、紅茶を飲みながらパソコンでメールをチェックしていると、向かいのデスクの由香里ちゃんが元気良く部屋に入って来た。
「また月曜日ですね。今週もあと5日。がんばりまーす!」
「ふふっ、そうね」
私は由香里ちゃんのこういうポジティブなところが大好きだ。
一緒にいるだけで気分が明るくなる。
「由香里ちゃん、今日のお洋服も可愛いね。デートなの?」
淡いミントグリーンのフレアスカートに、オフホワイトのブラウスを合わせた由香里ちゃんは、胸元の大きなリボンがよく似合っていてフェミニンな雰囲気だ。
私はというと、いつもと同じようにネイビーの膝下スカートとノーカラージャケットのセットアップ。
自分自身の装いには興味がない分、いつも由香里ちゃんのファッションで楽しませてもらっている。
「この服、気に入ってるんですけどデートじゃないですよー。彼氏とは先月別れちゃって、今はフリーなんです」
「え、そうなの?ごめんなさい。立ち入ったことを聞いてしまって」
「あはは!そんな、気にしないでください。ほら、お気に入りの服を着るとテンション上がるでしょ?それにどこでまた恋が始まるか分からないですからね。いつでも来ーい!って身構えてるんです」
「それは素敵な考え方だわ」
私にはない発想で由香里ちゃんには教わることが多い。
「そうよね、己の心構えが福を呼ぶってことね」
「ん?心構えで服が手に入るんですか?」
「そう。明るい人には福が自ずと訪れるのよ。由香里ちゃんみたいなポジティブな引力で」
「えー、嬉しい!私、欲しい服たくさんあるんですよね」
「由香里ちゃん可愛いから、きっとすぐにまた恋人が出来るわよ」
「そうですか?よーし、いっぱい服を手に入れて彼氏作っちゃお!」
二人でふふっと笑い合うと、パソコンに向かって仕事を始めた。
私の祖父が築いたこの「ふたば製薬」は、医薬品の開発・製造・販売を一手に担い、国内の製薬会社ではシェアトップクラス。
もともと裕福な家系だったのだが、巨額の資産を使って新薬の開発に成功し、特許を取得しつつ、時代の先を読んでジェネリック医薬品にもいち早く取り組んで業績を伸ばした。
新薬やジェネリック、そしてワクチンの開発とヘルスケアで事業を展開し、近年は海外にも大きく進出を果たした。
今では海外売上比率が70%を超え、父である社長はますます海外市場に力を入れる方針だ。
「いいか、あやめ。製薬業界の日本市場はもはや飽和状態だ。これからは海外市場の販路を拡大し、ライセンスビジネスも促進していかなければならない。お前も海外の薬事制度について、よく勉強しておいてくれ。いずれ立ち上げるグローバルマーケティング部は部長に久瀬くんを置くが、同じように新たにグローバルライセンス部を立ち上げ、そこの部長にお前を置くつもりだ。久瀬くんとしっかりタッグを組んで、我が社の新たな道を切り拓いて欲しい」
久瀬くんとのお見合いの話を頑なに断る私に、父は真剣にそう語った。
私が今いる薬事部は、医薬品に関する様々な法的業務を行い厚生労働省に報告している。
薬事法や薬価制度を常に勉強し、医薬品の安全性や有効性に関する知識を備えながら、法改正や医療現場に対応していく。
常に情報の収集は欠かせず、自分の知識をアップデートしていかなければならない。
一見地味で目立たない職種ではあるが、私はこの仕事にやりがいと誇りを持っていた。
医療の現場で誰かの病気を治す薬に関わっている。
そう思うと、いつも身が引き締まる。
久瀬くんが部長になるというグローバルマーケティング部も、父が私を部長にと考えているグローバルライセンス部も、これから我が社にとって大きな役割を果たすことは間違いなかった。
確かに私は今後、久瀬くんと協力して取り組んでいかなければならない。
そう思い、とにかく一度だけお見合いの席に行くことを了承した。
社長の娘だということを知られてしまうが、致し方ない。
久瀬くんには隠し事せず、何でも話せる関係を築いておかなければ、この先の仕事も上手くいかないだろう。
(だからと言って、このままお見合いの話を進める訳にはいかないわ。久瀬くんには、ちゃんと好きな人と結ばれて欲しいもの)
手を止めて、しばし考え込む。
(父と営業部長が納得してくれるような断り方……。うーん、難しい)
お見合いから帰ると「どうだった?」と聞いてきた父に「少しお話をしたけれど、今日のところはそれだけよ」と答えると、「まあ、そうだな。こういうのは回数を重ねて徐々にな」と、父はまんざらでもなさそうな顔で頷いていた。
(どうしよう、そのうちに二度目の場をセッティングされたら)
まさかそこまで口出しはしてこないだろうと思いつつ、あまりに進展がないとそうされるかも?と思えてくる。
(やっぱり久瀬くんと相談が必要ね。何か良い案を考えつつ、しばらくしたら久瀬くんに連絡してみよう)
そう結論を出し、私はまた仕事の手を進めた。
「おはよう、由香里ちゃん」
お見合いの翌日、私はいつも通り始業時間の30分前に出社した。
加湿器やポットのお湯を準備し、紅茶を飲みながらパソコンでメールをチェックしていると、向かいのデスクの由香里ちゃんが元気良く部屋に入って来た。
「また月曜日ですね。今週もあと5日。がんばりまーす!」
「ふふっ、そうね」
私は由香里ちゃんのこういうポジティブなところが大好きだ。
一緒にいるだけで気分が明るくなる。
「由香里ちゃん、今日のお洋服も可愛いね。デートなの?」
淡いミントグリーンのフレアスカートに、オフホワイトのブラウスを合わせた由香里ちゃんは、胸元の大きなリボンがよく似合っていてフェミニンな雰囲気だ。
私はというと、いつもと同じようにネイビーの膝下スカートとノーカラージャケットのセットアップ。
自分自身の装いには興味がない分、いつも由香里ちゃんのファッションで楽しませてもらっている。
「この服、気に入ってるんですけどデートじゃないですよー。彼氏とは先月別れちゃって、今はフリーなんです」
「え、そうなの?ごめんなさい。立ち入ったことを聞いてしまって」
「あはは!そんな、気にしないでください。ほら、お気に入りの服を着るとテンション上がるでしょ?それにどこでまた恋が始まるか分からないですからね。いつでも来ーい!って身構えてるんです」
「それは素敵な考え方だわ」
私にはない発想で由香里ちゃんには教わることが多い。
「そうよね、己の心構えが福を呼ぶってことね」
「ん?心構えで服が手に入るんですか?」
「そう。明るい人には福が自ずと訪れるのよ。由香里ちゃんみたいなポジティブな引力で」
「えー、嬉しい!私、欲しい服たくさんあるんですよね」
「由香里ちゃん可愛いから、きっとすぐにまた恋人が出来るわよ」
「そうですか?よーし、いっぱい服を手に入れて彼氏作っちゃお!」
二人でふふっと笑い合うと、パソコンに向かって仕事を始めた。
私の祖父が築いたこの「ふたば製薬」は、医薬品の開発・製造・販売を一手に担い、国内の製薬会社ではシェアトップクラス。
もともと裕福な家系だったのだが、巨額の資産を使って新薬の開発に成功し、特許を取得しつつ、時代の先を読んでジェネリック医薬品にもいち早く取り組んで業績を伸ばした。
新薬やジェネリック、そしてワクチンの開発とヘルスケアで事業を展開し、近年は海外にも大きく進出を果たした。
今では海外売上比率が70%を超え、父である社長はますます海外市場に力を入れる方針だ。
「いいか、あやめ。製薬業界の日本市場はもはや飽和状態だ。これからは海外市場の販路を拡大し、ライセンスビジネスも促進していかなければならない。お前も海外の薬事制度について、よく勉強しておいてくれ。いずれ立ち上げるグローバルマーケティング部は部長に久瀬くんを置くが、同じように新たにグローバルライセンス部を立ち上げ、そこの部長にお前を置くつもりだ。久瀬くんとしっかりタッグを組んで、我が社の新たな道を切り拓いて欲しい」
久瀬くんとのお見合いの話を頑なに断る私に、父は真剣にそう語った。
私が今いる薬事部は、医薬品に関する様々な法的業務を行い厚生労働省に報告している。
薬事法や薬価制度を常に勉強し、医薬品の安全性や有効性に関する知識を備えながら、法改正や医療現場に対応していく。
常に情報の収集は欠かせず、自分の知識をアップデートしていかなければならない。
一見地味で目立たない職種ではあるが、私はこの仕事にやりがいと誇りを持っていた。
医療の現場で誰かの病気を治す薬に関わっている。
そう思うと、いつも身が引き締まる。
久瀬くんが部長になるというグローバルマーケティング部も、父が私を部長にと考えているグローバルライセンス部も、これから我が社にとって大きな役割を果たすことは間違いなかった。
確かに私は今後、久瀬くんと協力して取り組んでいかなければならない。
そう思い、とにかく一度だけお見合いの席に行くことを了承した。
社長の娘だということを知られてしまうが、致し方ない。
久瀬くんには隠し事せず、何でも話せる関係を築いておかなければ、この先の仕事も上手くいかないだろう。
(だからと言って、このままお見合いの話を進める訳にはいかないわ。久瀬くんには、ちゃんと好きな人と結ばれて欲しいもの)
手を止めて、しばし考え込む。
(父と営業部長が納得してくれるような断り方……。うーん、難しい)
お見合いから帰ると「どうだった?」と聞いてきた父に「少しお話をしたけれど、今日のところはそれだけよ」と答えると、「まあ、そうだな。こういうのは回数を重ねて徐々にな」と、父はまんざらでもなさそうな顔で頷いていた。
(どうしよう、そのうちに二度目の場をセッティングされたら)
まさかそこまで口出しはしてこないだろうと思いつつ、あまりに進展がないとそうされるかも?と思えてくる。
(やっぱり久瀬くんと相談が必要ね。何か良い案を考えつつ、しばらくしたら久瀬くんに連絡してみよう)
そう結論を出し、私はまた仕事の手を進めた。