あやめお嬢様はガンコ者

「おお、あやめ。来たのか」

パーティー会場に着くと、私と久瀬くんは父のもとへ行く。

「早速ご挨拶して回りなさい。あ、新部署のことはまだ内密にな」
「かしこまりました」

私はぐるりと会場内を見渡した。

(えっと、クリオ製薬の社長は……。あ!確かあの方ね)

ホームページに載っていた顔写真を思い出すと、久瀬くんに声をかけてから歩き出す。

「失礼いたします。ご挨拶させていただいてもよろしいでしょうか?わたくし、ふたば製薬の小泉あやめと申します」
「おお、これはこれは。やっとお目にかかれましたな。クリオ製薬の葛木(かつらぎ)です。あなたのことは、この業界ではちょっとした噂になっていましたよ」

父より少し年上に見える恰幅の良い葛木社長と名刺を交換してから、私は控えめに聞いてみた。

「噂とは、どういった内容でしょうか?」
「まあ、ふたばさんのところのご令嬢ですからね。はっきり言いますと、縁談を申し込みたいと。実は私もそう思っていたうちの一人です。あとで息子が合流することになっているんだが、紹介しても構わないかな?」
 
喜んで!と言いたい気持ちをグッと抑えて、ゆったりと頷く。

「はい。わたくしからもご挨拶させていただきたいと存じます」
「そうか、良かった。お父上はなかなかガードが固くてね、どんなにあなたを紹介して欲しいとお願いしても、断られていたんだ」

なんですと?お父様ー!と、心の中で驚きつつ父を咎める。
久瀬くんとも名刺を交換したところで、葛木社長は別の人に声をかけられた。

「ではあやめさん、また後ほど」
「はい、失礼いたします」

お辞儀をして社長を見送ると、パーティーの主催者の挨拶が始まった。
乾杯のあと歓談の時間になると、私は久瀬くんとまた挨拶回りを始める。
関西に本社を置く製薬会社の社長と名刺を交換した時だった。
なぜだかその社長は、久瀬くんの名刺にじっと目を落とす。

「久瀬(つかさ)さん、ですか……。ひょっとして、久瀬(ゆたか)さんの息子さんでは?」
「はい、久瀬豊は私の父ですが」
「やっぱり!いやー、息子さんが東京でMRをされているとうかがっていたんです。こうしてお会い出来るとは……」

何やら感激した様子に、久瀬くんのお父様とどういうお知り合いなのかしら?と首をひねっていると、葛木社長が戻って来た。

「あやめさん、息子が到着しました。紹介してもいいかな?」
「はい」

向き直ると葛木社長の隣には、丸い眼鏡で小太りの私より背の低い男性が立っている。

「はじめまして、ふたば製薬の小泉あやめと申します」
「どうもー、クリオ製薬副社長の葛木誠一(せいいち)でーす」

……軽くない?
多少の違和感を感じつつ、笑顔を作って名刺を交換した。

「誠一、あやめさんとテラスでお話しして来なさい」
「えー、お腹空いた」
「あとで食べればいいだろう?ほら、行きなさい」

葛木社長に背中を押されて渋々歩き始めた副社長に続き、私もテラスに向かった。