あやめお嬢様はガンコ者

「社長、一つお尋ねしたいのですが」
「なんだい?」
「あやめさんのご結婚相手となれば、ふたば製薬につり合う有名企業の御曹司がふさわしいかと存じますが……。なぜ私のような者に?」

あやめさんもそのつもりだと話していたのに、なぜ社長があやめさんと俺を本当にくっつけようとするのか理解出来なかった。

「それは簡単だよ。ふたば製薬に政略結婚は必要ないからだ。そんな力などなくとも、我が社は社員の力で業績を伸ばしていける。私はそのことに誇りを持っているんだから」
「社長……」

今の言葉を全社員に聞かせたくなるほど俺は嬉しくなる。

「あとは、そうだな。あやめに教えられた部分も大きいな」
「あやめさんに、ですか?」
「そう。幼い頃からあの子は、私と祖父が話をしているのをじっと聞いている子だった。どんな想いでこの会社を立ち上げたか、これからどうやって社会に貢献していきたいか、そんな話をただ黙って聞いていた。そしてあの子なりに思うところがあったのだろうね、就職先にうちを選んだんだよ。社長の娘だと名乗らず、他の学生と同じように一般応募してきた。あやめのことを幹部役員は知っていたが、人事部は部長でさえも知らずにあやめは最終面接まで残った。面接会場に現れたあやめに、私も役員も驚いたよ。だがあやめはあくまで周りと同じように面接を受けていた。役員達は当然採用すると言ったが、私は敢えて素性を知らない人事部の判断に任せたんだ。結果あやめは採用されたが、本人は今でもコネ入社だと思い込んでいる」

俺はじっと社長の言葉を聞いていた。

(知らなかった。あやめさんがそんな想いでこの会社に入社したとは。だからあんなにも真剣に熱心に仕事に向き合っているんだ)

あやめさんの仕事の取り組み方にはそういう信念があったのだと心打たれた。

「久瀬くん、あやめはいつも言ってるだろう?普通の感覚を大事にしたいと」
「はい。それはあやめさんの揺るがない想いだと感じています」
「そうなんだよ、どこまでもガンコにね。だが私はそんなあやめを見て、確かにそれは大切だと思うようになったんだ。感覚というものは、自分の知らないうちに養われていく。自分の中の常識は、環境によるものが大きい。ずっと何不自由なく暮らしてきたあやめには、結婚相手も同じような家庭環境の人がいいだろうと私は勝手に決めつけていた。だけどそれでは、一生周りの人達と同じ感覚にはなれない。うちはそんな御大層な家庭ではないが、やはり一般的な水準よりは上をいくのが事実だろう。その環境を維持することがあやめにとっての幸せだと思っていた。だがあやめは敢えてその環境から抜け出そうとする。ひとり暮らしをしながら満員電車で通勤することが、自分にとって必要な事だと言ってね。私は我が子ながら、その姿勢に大いに考えさせられたんだ」

社長の言葉を、俺は一つ一つ頭の中で噛みしめる。
あやめさんの生き様に改めて胸が詰まった。

「だから私は、あやめに政略結婚はさせないつもりだ。ところがどうしたことか、あやめは結婚相手に関しては大企業の御曹司をと考えているんだよ。おいおい、言ってることが違うだろうと私は問い詰めたよ。そしたら、自分は会社の為になる結婚をするのが使命だ、とか言い出してね。そんな気持ちで結婚を考えられては困る。ちゃんと恋愛をして欲しいと私は思っているんだ。だけど一向にそんな気配もない。そこで私は、何度かお見合いの席を設けたんだよ。妻の友人の息子さんとか、ごく一般的なお相手とのね。それでもあやめは頑なに政略結婚しか考えていない。私はね、久瀬くんが最後の砦だと思っているんだよ」
「いえ!まさかそんな」
「いや、本当にそう思う。君があやめと結婚してくれたらなあ。でも気にしなくていいからね。全然プレッシャーなんてかけてないよ?どうなったかなー、なんて気にしないから。ね?」
「社長、今ものすごく圧を感じますが……」
「あ、分かった?じゃ、よろしく」
「しゃ、社長?」

あはは!と社長はおかしそうに笑う。

「まあプライベートはさておき、仕事面では君とあやめは良いパートナーだと確信している。久瀬くん、我が社の為にどうか力を貸して欲しい」
「はい。必ずあやめさんを支え、精一杯努力してまいります」
「ああ、頼んだよ。さてと!飲み直そう。料理もどんどん食べなさい」
「ありがとうございます」

それからは、社長があやめさんの幼い頃のエピソードを楽しそうに話し、俺は可愛らしいあやめさんを想像しながら頬を緩めていた。