あやめお嬢様はガンコ者

タクシーに乗り込むと、俺はあやめさんの頭を自分の肩にもたれさせた。
あやめさんは気持ち良さそうにスーッと寝入る。
タクシーがあやめさんの実家に到着する頃にはぐっすりと眠っていて、声をかけてもまったく起きる気配がない。
俺は支払いを済ませると、ひとまずタクシーを降りてインターフォンを鳴らした。

「はい、どちら様……あら、久瀬様?」

モニター画面に映っていたのだろう、名乗る前に驚いたようなさちさんの声が聞こえてきた。

「夜分遅くに恐れ入ります。あやめさんを送り届けに来たのですが、タクシーの中で熟睡してしまって。さちさん、門を開けていただけますか?」
「はい、ただ今」

すぐにカチャリと音がして、門のロックが解除された。
俺は大きな門扉をゆっくりと開けてからタクシーに戻り、まずカバンを手にすると半身を入れてあやめさんを抱き上げる。
そのまま門の中に入ってアプローチを歩き出すと、前方の玄関扉が開いてさちさんが姿を見せた。

「久瀬様、恐れ入ります。まあ、あやめお嬢様!」
「よく眠っているのでお部屋までお連れします」
「かしこまりました」

さちさんはすぐさま俺の手からカバンを受け取って、ドアを開けながら先導してくれる。

「こちらがお嬢様のお部屋ですわ」

二階に上がり、長い通路を歩いた奥の部屋のドアをさちさんが開けた。
リビングかと思うほど広々とした部屋は、ホテルのように高級家具でコーディネートされている。
俺はあやめさんをふかふかのダブルベッドにゆっくりと横たえた。

「お嬢様、大丈夫でしょうか?」

ブランケットをかけながら、さちさんが心配そうにあやめさんの顔を覗き込む。

「いつもより少しお酒を飲み過ぎてしまったかもしれません。それとここ最近、お疲れも溜まっていたと思います。ゆっくり寝かせてあげてください」
「承知いたしましたわ。久瀬様、今お茶を用意いたします。どうぞ一階の広間へ」
「いえ、私はすぐに失礼しますので」
「そうおっしゃらず、少しだけでも」
「ですが、もう夜も遅いですし」

そんなやり取りをしながら階段を下りた時だった。
玄関のドアがガチャッと開き、ハイヤーの運転手のあとに社長が入って来た。

「おや?久瀬くん?」
「社長、夜分にお邪魔しております」

俺は深々と頭を下げる。

「どうしたんだ。あやめに会いに来たのかね?あの子は今日は外食してるみたいだよ」
「はい、私もご一緒しておりました。あやめさんが途中で疲れて眠ってしまわれたので、こちらまで送り届けにまいりました」
「そうだったのか、迷惑をかけたね。どうだい?私はこれから晩酌なんだが、少しつき合ってくれないかい?」
「いえ、こんなに遅い時間ですから」
「まだ十時前だよ。実は妻が里帰り中でね、話し相手がいないんだ。良かったら飲んでいってくれ。さちさん、久瀬くんにも席を用意して」

戸惑う俺をよそに、さちさんは嬉しそうに「かしこまりました」とお辞儀をして踵を返した。