あやめお嬢様はガンコ者

ーーーSide.久瀬---

「あやめさん、あやめさん?」

声をかけるが、あやめさんはテーブルの上に突っ伏したまま動かない。
両腕に右の頬を載せてスヤスヤと眠っている。

「あらら、あやめさん熟睡しちゃいましたね」
「そうだな、きっとお疲れだったんだろう。しばらくこのまま寝かせておこうか」
「そうですね」

東と原口さんの会話を聞きながら、俺はチラリと腕時計に目を落とす。
まだ二十一時だったが、このまま寝かせていては遅くなりそうだった。

「原口さん。俺、あやめさんを送って行きます。あんまり遅くなると、ご家族も心配されるでしょうし」

あやめさんが社長令嬢だと知る原口さんは「そうだな」と頷く。

「ええ?久瀬くん、あやめさんはひとり暮らしだよ?」
「でももしこのあとご両親から連絡がきて、まだ外にいると分かったら心配されるだろうし。とにかく今夜は送って行くよ。東は原口さんとゆっくりしてて」

訝しがる東に、俺は自分とあやめさんの分の会計を渡して席を立つ。

「あやめさん、あやめさん?聞こえますか?」

耳元で声をかけると、あやめさんは「ん……」と眉根を寄せた。

「ほら、帰りますよ。立てますか?」
「うん。でも、ふらふらする」

俺はあやめさんの身体を支えながら、片手でカバンを二つ持つ。

「久瀬、タクシ―手配しておいたから」
「ありがとうございます。それでは原口さん、失礼します。東も、またな」

お疲れ様、と二人に見送られて俺は店をあとにした。