あやめお嬢様はガンコ者

行き先は久瀬くんに任せたところ、都内の一等地にあるホテルの最上階レストランに連れて行かれた。

「なんて綺麗なの……。星空もキラキラしてとっても素敵」

うっとりと窓の外を見つめると、久瀬くんが優しく微笑んでくれる。

「あやめさん、こういうレストランは通い慣れてると思ってました」
「ううん、全然そんなことないの。父はいつも料亭ばかり利用するから。久瀬くんは、デートでよく来るの?」
「今は誰ともつき合ってないので来ませんよ」
「今は……?」

それは、昔は来ていたってことかしら、と思わず私はうつむいた。
何も不思議はない。
久瀬くんはこんなにかっこいい人だもの。
これまで綺麗な女性とおつき合いしてきたのだろう。
私とは違う世界の人なのだ。
自由に恋愛をして、好きな人と結婚をして……。
お見合いで政略結婚をする私とは違う。

私は……。
久瀬くんを応援しなければ。
久瀬くんが心から好きになった人と、人生を共にすることを。

「あやめさん?どうかしましたか?」
「いいえ、何も。あの、デザートも食べていい?」
「もちろん。ケーキも色んな種類がありますよ」
「嬉しい!」

今夜だけは、忘れたい。
何もかも忘れて、久瀬くんと笑い合いたい。
大切な思い出として胸にしまい、きっぱりと諦めよう。
久瀬くんを好きになり始めた自分を。

「あやめさん?もしかして眠い?」
「えっ、どうして?」
「なんだか目が潤んでるから」
「そう?少し酔ったのかも」
「そのスパークリングワイン、ノンアルコールですよ?」
「私、ノンアルコールでも酔えるの」
「えー、なんか羨ましいな」

楽しい時間はあっという間。
まるで手のひらからこぼれ落ちていくよう。
閉じ込めておきたい。
ずっとずっと胸の中に……。

「それじゃあ、あやめさん。おやすみなさい」

タクシーで自宅まで送ってくれた久瀬くんと、門の前で向かい合う。

「今日はありがとう、久瀬くん。気をつけて帰ってね。おやすみなさい」
「あやめさんも、ゆっくり休んで」
「ええ、ありがとう」

くるりと背を向けて歩き出す。
溢れ出た涙に気づかれないように、振り返らず歩き続けた。
玄関の前まで来てようやくそっと後ろを見ると、久瀬くんはまだその場に佇んで私を見守ってくれていた。
小さく手を振ってくれる久瀬くんに、私も振り返す。
「さようなら」と呟きながら。