「あやめさんは座っててください」

部屋に上がると、久瀬くんは私をソファに座らせてキッチンに向かう。
慣れた手つきでミルクパンに牛乳を入れて温め、紅茶の茶葉を入れてから茶こしでこした。

「はい、どうぞ。あやめさんの好きなロイヤルミルクティー」
「ありがとう」

ひと口飲むと温かさにホッとする。

「……美味しい」
「良かった。だてに何日もあやめさんのマンションに入り浸ってた訳じゃないですからね。あやめさんが作るの見て、覚えました」
「ふふっ、ありがとう」

思わず微笑むと、久瀬くんも優しく笑い返してくれる。
その笑顔に安心して、私の目に再び涙が溢れてきた。

「良かった、久瀬くんにまた会えて……」
「あやめさん……」

久瀬くんは腕を伸ばして私を抱きしめ、頭をなでてくれる。

「もう会えないかと思った。もう一度会いたいって、久瀬くんに会いたいって、心の中で必死にお願いしたの。そしたら本当に来てくれて……。嬉しくてたまらなかった。ありがとう、久瀬くん」

あやめさん……と、久瀬くんは私の頭を抱き寄せた。

「遅くなってごめんなさい。どんなに怖い思いをさせてしまったのか……。本当にすみませんでした。俺はあなたを守り切れなかった」
「ううん、そんなことない。久瀬くんが助けに来てくれたおかげで、会社の機密事項も私も無事だったの。久瀬くんはずっと私を心配して送り迎えをしてくれたのに、必要ないって突っぱねて本当にごめんなさい」

すると久瀬くんは、ゆっくりと身体を離した。

「あやめさん、謝るのは俺の方です。俺はあの男のことを知っていた。なのにそれを軽視して、あなたにも社長にも知らせずにいた。本当に後悔しています。申し訳ありませんでした」
「え?あの、どういうこと?」
「改めて、あやめさんと社長にご説明させてください。今夜はもう遅いので、明日にでも」
「明日って、土曜日よ?」
「はい。明日、あやめさんをご実家までお送りします。その時にあやめさんと社長にお話させていただけませんか?」

私は戸惑いつつも頷く。
久瀬くんがあの男を知っているのなら、詳しく話を聞かせてもらう必要があった。

「分かりました。では明日、久瀬くんと一緒に帰ることを父に伝えておきます」
「よろしくお願いします。社長に相談して、少しでも早く警察に通報するつもりです」
「え!でも、事を荒立てるのは……」
「いいえ。社長令嬢であるあなたにあんなことをしておいて、看過する訳にはいきません。きっと社長も同じお考えでしょう。そして俺のことも、厳しく叱責されると思います。どんなお叱りも覚悟の上です」

ええ!?と私は声を上げる。

「どうして久瀬くんが叱られなければいけないの?私を助けてくれたのよ?」
「この事態を防げなかったのは俺の罪です。明日、社長にも心からお詫びいたします」
「そんな……。だったら私、実家には帰らないわ。父にも今夜のことは黙っておきます」

あやめさん、と久瀬くんは真剣な顔で私を見つめる。