私には、この人だけ存在してくれればもう何もいらないっていうくらい大好きな人がいる。


目にかかるくらい少し長めの風になびくストレートな黒髪、両耳につけているリングのピアス、少し気怠そうに着崩している制服。

ポケットに手を突っ込みながらくあっと可愛くあくびしている彼に、私は今日も元気よく抱きつく。


「先輩!大好き!付き合ってください!」

「…無理」


ぎろりと私の大好きな鋭いクールな瞳で睨まれて、思わずきゃっと嬉しくて声が出てしまう。

これが私たちの朝の挨拶だ。


「あはは!夕愛(ゆあ)ちゃん、朝からいい振られっぷりだねぇー」


先輩の隣にいたお友達の白石翔琉(しらいしかける)先輩がおなかを抱えながら楽しそうに笑っていた。

翔琉先輩も、私の大好きな先輩と並ぶくらいのイケメンで、人懐っこくて気さくでとてもチャラい。

彼女が絶えたことはなく、最近まで一度に三人と付き合っていたらしい。


「あーもう、先輩ってなんでそんなにかっこいいの!?国宝級イケメン!ギネス認定!」

「うるさい」


先輩こと、成瀬燈真(なるせとうま)先輩は私の大大大好きな片想い中の相手。

出会ったあの日から私は先輩に恋に落ち、かれこれもう八ヶ月は片想いしている。


「目、鼻、口全部愛おしい!先輩の顎のほくろだって愛してます!」

「…こわ」


先輩は今日も私を冷たく一瞥するだけで、腕にしがみついていた私の手をあっという間に解いてしまう。

あーん、今日も冷たい。

でもそんなところが大好き!


「よくそんだけ振られてて燈真のこと諦めないよね。本当、夕愛ちゃんには尊敬するよー」

「私の先輩ラブパワーは誰にも負けません!一生消えることもないのです!永久不滅!だから早く私のこと好きになってください♡」

「誰がなるか」

「こいつが誰かを好きになるなんて想像つかないけど、もし燈真に好きな子ができたらそれはそれは溺愛するタイプだったりして。なんて、冷酷男子燈真くんに限ってそんなことはないか…いてっ!?」


茶化している翔琉先輩を、無表情のまま先輩が蹴っていた。

普段クールな先輩が彼女には溺愛だなんて、ギャップで私だったら死ぬ。

想像しただけでにやけが止まらないよ。


「…何笑ってんだよ、気持ちわりぃ」

「先輩、私のことも溺愛してー!」

「引っ付くな、暑苦しい」


抱きつく私をべりっと剥がした先輩が、ちょうど着いた私のクラス1年A組にぽいっと投げ入れるとスタスタと行ってしまった。


「あ、夕愛おはよー」

「おはよー花音(かのん)!今日も先輩と愛のラブラブ登校してきたよー」

「相変わらず一方的に愛を伝えていただけの間違いでしょうが」


ポニーテールが似合う中学からの親友である米倉(よねくら)花音に呆れたようにペシっとおでこを叩かれる。

去っていった先輩たちの後ろ姿を覗くと、イケメン二人の登校に廊下にいた女子たちがざわざわとしていた。


「私ももう一年早く生まれてたらなぁ…。先輩と同じクラスで授業を受けて、教科書忘れちゃった見せてってやったり、寝ている先輩を隣の席で見れちゃったりするのにぃ!ずるいよ二年生!」

「歳の差はどうにもならない、諦めな」


そうは言っても、先輩と一日の中で一分一秒でも長く一緒にいたい。

できることならずーっとくっついていたい。

こんなに大好きなのに離れないといけないなんて、私たちはロミオとジュリエットなのかな…?

切ない…切なすぎる!

もう先輩に会いたいよ。大好きって伝えたい!


「よし、先輩のところ行こっと」

「こらこら、相澤(あいざわ)。予鈴鳴ってるのにどこに行くつもり?」

「あ、あけみんおっはよー」


再び先輩のところに行こうとする私の頭を、がしっと担任のあけみんこと明美(あけみ)先生が掴んで止めてきた。


「私は愛する人のところへ行くのです。よって一限は欠席いたします」

「アホなこと言ってないで早く席着く」


え、あれ?と考えるよりも先にあっという間に席に座らされる。



「あけみんネイル変えたー?可愛い」

「でしょ?新作の色に惹かれて自分でやったんよ」


生徒とフレンドリーに話しながらあけみんが教卓に歩いていく。

あけみんは肩まで切り揃えられた外ハネの手入れされているサラツヤ髪に、美容にも気を遣っていてこの学校一美人で綺麗な先生だ。

だけど性格はサバサバとしていて同い年かのように接することができるから、男子からも女子からも好かれている。

私も一番大好きな先生だ。


「ちょっと早いけど、みんなでクリスマスパーティやらない?各自予算決めてプレゼント買って、お菓子とか飲み物も持ってきて。この時期って一番暇で学校来る気も起きないでしょ?だからイベントごと作って楽しく過ごそう作戦」


朝のホームルームであけみんがそんな提案をしてきた。

あけみんは生徒思いでイベントごとも大好きで、よく自作のイベントを開催する。

それが私は毎回楽しみで大好き!


「はいはーい!やるやるやるー!どうせならクリスマスっぽいコスプレもやりたいー!」

「うわ、楽しそういいね」

「私コスプレ安く借りられるところ知ってるよー」


私の提案にクラスメイトたちも乗り気で、あれよあれよという間に詳細が決まって行く。

開催日時は来週の水曜日の放課後、自教室にて。お菓子や飲み物、プレゼント交換用の何かも持参となった。


「だからね、先輩も来てくださいクリスマスパーティ!絶対楽しいから!」

「…なんで俺がおまえのクラス行事に参加しなきゃなんねぇんだよ」


先輩のお気に入りの屋上で、もう冬だというのにセーター1枚で寝転がりながらスマホをいじっている先輩の袖をぐいぐいと引っ張る。


「クラスの子だけじゃなくて友達とか好きな人も誘っていいってあけみん言ってたもん。私ね、プレゼント交換絶対先輩に当たる自信しかないから、先輩に向けてプレゼント買いますね!何がいいですか?」

「だから行かねぇって」

「冬だしやっぱりマフラー?あ、でもでも先輩にクリスマスプレゼントは当日に渡せるように別で用意したいし、形に残るような物は本命に取っておかないと!てことはクッキーとかの消耗品がいいかなぁ」

「人の話聞けよ」


もうすぐクリスマスか…。

先輩とイルミも観たいしクリスマスマーケットにも行きたい。

あ、でも、きっと先輩は人混みが苦手だろうから、家で一緒にクリスマスケーキを作って食べるのでもいいな!


「えへへ楽しみ。先輩とクリスマス♡」

「妄想するのは勝手だけど、現実は一緒に過ごすなんて一言も言ってないからな」

「え!?クリスマス一緒に過ごしてくれないんですか!?」

「なんで当たり前のように過ごさないといけねぇんだよ。その日から学校冬休みでないし、顔すら合わさないだろうな」

「そ、そんなぁ!」


盲点だった。

まさか思い描いていた未来が訪れないかもしれないなんて。

いっそのこと先輩の家族にならせてください!

寝顔から裸まで見れる家族だったらクリスマスも一緒に過ごせるのに…。


「せんぱ…」


言うだけ言ってみようとバカな私が口を開いたところで、閉め切っていた屋上の扉が開けられた。


「こらーここは生徒立ち入り禁止だぞ」

「あけみん!」


あけみんがタバコを一本口に咥えながら、にっと微笑んだ。


「なんてね、タバコのこと黙っててくれるなら私も黙っててあげるよ。流石に一本吸わないと午後までやってらんなくてさ。禁煙な学校選んだのが間違いだったよ」


あけみんはケラケラと笑うと、白い煙を細く吐き出しながらフェンスに寄りかかった。

普段から色気のあるあけみんがタバコを吸っている姿はやっぱり大人で、少しだけ羨ましかった。


「…あそうだ、聞いてよあけみん!先輩、クリスマスパーティー来てくれないって!先輩いないとつまんないのにぃー」

「あははっ、本当相澤は燈真のことが大好きだねー」

「だーいすき!この世で一番!」

「はは、そう。よかったね、燈真。こんな可愛い子に一途に好かれて」


今まで微動だにしなかった先輩が、ピクリと反応したのがわかった。

だけど気づかなかったふりをする。


「…別に。てか最近帰るの遅いけど、残業ばっかで母さん心配してたぞ。迷惑かけんなよ。それにちゃんと食べてんのか?顔やつれてる」

「高三の受験対策とかで忙しいだけだよ。そのうち落ち着くさ。お母さんにもそう言っといて」


本当は誰よりも先輩が心配しているのだと私にはわかってしまう。

先輩が優しくする人はこの世でただ一人、義姉弟である“成瀬明美”にだけだから。





「ねえ先生、一目惚れしちゃったからさ俺と禁断な恋しちゃおうよー」

「バカなこと言ってないで、早く教室戻りなさい。もうすぐホームルーム始まるでしょ」

「じゃあ連絡先でも!ね!お願い!」


しつこいナンパ男(上履きの色からして同じ一年生だろう)が綺麗な先生をナンパしている現場に出くわしてしまう。

てか今日入学したばっかりなのに、いきなり先生を口説こうとしてるなんてこの人すごいな。


「あのーそこ通りたいんですけど…」


廊下の真ん中でまだしつこくナンパ男がスマホを片手に先生に詰め寄っているところに、恐る恐る声をかける。


「…あ?あっちから通ればいいだろ」

「それに先生との恋って確かに燃えるのはわかるけど、まだ出会ったばっかりだし最初はグイグイ行くよりも謙虚に想いを大きくしてからの方がいいと思いましてね…」

「はあ?なんだよおまえ。わけわかんねぇこと言ってんじゃねぇよ」


ぎろりとナンパ男に睨まれてしまい、思わずひっと悲鳴を上げる。


「こんなちんちくりんは放っておいて、先生、俺とデートにでも…」

「誰がちんちくりんだ!」「離せ」


反論する間抜けな私と目の前に現れた大きな背中の持ち主の男の子の声が、被った。

男の子は先生の腕を掴んだナンパ男の腕をぐいっとひねると、冷たい瞳で睨みつけていた。


「い、いてててて!な、なんだおまえ!」

「あ?」

「ひっ、す、すいません!」


ナンパ男はわたわたと廊下を逃げるように行ってしまった。


「いいところに来てくれたね燈真ー。あの男の子しつこくて困ってたんだよね。この子が助けてくれてたんだけど」

「…ナンパされてヘラヘラしてんなよ、明美」


上履きの色が緑だから多分一個上の先輩と、美人な先生は何やら親しそうに話している。

ええ、待って待って…!

イケメンと美人な先生が名前で呼び合う関係…。それってもしかして…。


「イケナイ恋だ!?生徒と教師の禁断な恋でしょ!?だから先生はあのナンパ男のことなんて見向きもしてなかったんだ!?」

「アホか」

「あっははは!」


先輩のツッコミと先生の笑い声が廊下に響き、わけがわからなくてえ?え?と二人を交互に見る。


「こいつが彼氏とか勘弁してよー。私は成瀬明美。でこれは、成瀬燈真。私たちはただの姉弟だよ」

「へ、なんだ、姉弟…」


そりゃ親しそうでもあるし名前で呼び合う関係だ。

勝手な勘違いで思わず頬が熱くなる。


「だから燈真と恋なんて絶対ありえないよ。ごめんね、期待に応えられなくて」

「え、いや、そんな…!私こそ変な勘違いしてすみません…」


あけみんは楽しそうに笑うと優しく私の頭を撫でてくれた。


「可愛い一年生だ。元気で何より」


この時から私はあけみんが大好きで、憧れだった。

もう行かないと、と我に返ったあけみんが手を振って行ってしまい、先輩と二人きりで取り残される。


「…姉弟でも、血は繋がってねぇよ」


ぼそりと隣から聞こえてきた独り言に顔を上げて、私は思わず息をすることも忘れて先輩の横顔に見惚れてしまった。

何、この人。気づかなかったけど、よく見るとめちゃくちゃイケメンだしめちゃくちゃタイプ…!

それにさっきまでの冷たい瞳と違って、あけみんの後ろ姿を見送る視線にはとても熱がこもっていた。

あけみんに対して姉だけではなく、特別な感情を抱いているのだと鈍い私でも気づいてしまう。


「…先輩!好きです!付き合ってください!」

「…は?」


なのに、気づいたら私は目の前の先輩に人生初めての告白をしていた。

さっきのナンパ男にグイグイいかない方がいいとか言ったくせに、恋に落ちた瞬間告白をする私はなかなかだと思う。

だけど、想いを止められなかった。

あけみんに恋をしていて切なげに見つめる先輩に、私は恋をしてしまったから。


「無理」


返ってきた返事は思っていた通りで、ショックといえばショックだったけど不思議と諦めようとは思わなかった。

こんなに好きになれる人は、人生で初めて出会ったんだ。





「はい、先輩これ今日のクリスマスパーティーの招待状!なんと、私の手作りです!」

「いらねぇ」


先輩は私が一限と二限を使って書いた大傑作の招待状を一瞥すると、ぺいっと返してきた。


「なんで!」

「しつこいな。おまえこそなんでそんなに俺に来て欲しいんだよ?」

「そんなの、先輩のことがす…」

「成瀬先輩。ちょっといいですか…?」


私の告白を遮って、可愛い声が後ろから聞こえてきた。


「…誰だおまえ」

「私、一年C組の一条麗美(いちじょうれみ)と言います。先輩にお話があって…」


一条さんはクラスは違うけど学年一可愛いくて性格もいいと有名な、マドンナだ。

そんな彼女は先輩を前に頬をほんのりと赤らめながら微笑んでいる。

間違いない。これは告白をするつもりだ。


「…えっと、私、教室戻りますね!次体育だし」


告白なら邪魔をしちゃ悪いと思い、先輩の教室から出て行こうと踵を返すとなぜか腕を掴まれた。


「なんでだ」

「え、な、なんでって…」


告白をするのなら私がいては邪魔だろう。

違う場所に行くとしても、先輩のいない教室にいたってなんの意味もないし…。


「話ならここでいいだろ?早く話せよ」

「…まあここでもいいですけど。単刀直入に言いますね。もしよければ、付き合ってください」


うっわ、告白したよ!

生告白を見るのは初めてで私がドキドキしてしまう。

学年一のマドンナも落とすなんてさすが私の先輩!今日も世界一かっこいい!


「…だって」

「…はい?」


先輩はなぜか他人事のように言うと、私の方を見てきた。

だって、とは…?


「なんか言うことねぇのかよ」

「…え?マドンナにまで告白されるなんて、先輩すごい…?」

「チッ」


ものすごく不機嫌そうに舌打ちをされ、わけがわからなくて首を傾げる。

え、本当になに…?


「それだけかよ」

「え…?」

「いいよ、あんたと付き合ってやる」

「え、本当ですか?」


一条さんがぱっと可愛らしく笑顔になった。

…じゃなくて、今、先輩、一条さんに付き合ってやるって、言った?

私からも他の女の子からの告白も冷たく断ってきたあの先輩が、付き合うって言ったの?


「何突っ立ってんだよ。教室に戻んなら早く行けば?」

「あ、はい…」


掴まれていたはずの腕は、もうとっくに離されていた。

先輩に何か言いたいのに、言葉は何一つ出てこなくて回らない頭のまま先輩の教室を後にした。





「わー!ちょっと夕愛!溢れてる!」

「…え?」


花音が慌てて私の手からグラスに注いでいたオレンジジュースのパックを取り上げてきた。


「わ、ごめん…!ボーとしてた…」

「本当だよ。コスプレの衣装は借り物なんだから汚さないでよね。危ないなぁ」


じゃんけんで勝ち取ったミニスカサンタのコスプレ衣装を確認するが、幸い汚してはいなかったようでホッとする。


「え、学年一のマドンナと二年の成瀬先輩…!」

「わーお似合い…」


クリスマスパーティー当日。

思っていた以上に人で溢れかえっている教室内が一気に騒がしくなる。

国宝級の美男美女が一緒に教室に入ってきたからだ。


「先輩…」


目の前までやってきた先輩と目が合う。


「なんでここに…」

「一条さんがおまえのクラスのやつに誘われたらしくて、その付き添い」


先輩はそれだけ言うとクラスの子に紙コップを受け取っている一条さんの元へ行ってしまった。

私があんなに誘っても行くと言わなかったのに、一条さんが誘ったら来るんだ…。


「ゆーあちゃん」

「へ、わわっ!」


ぐいっと腕を引かれ、誰かの膝の上に座ってしまう。


「…あ、白石先輩!」


クラスの子に借りたのか、サンタ帽子を被っている白石先輩がニコニコと微笑んでいた。


「あんなに燈真のこと好きだったのに、あの子に取られちゃっていいの?」

「う…えっと…」


先輩の隣で笑っている一条さんに、思わず胸がずきりと痛む。


「俺もあの日告白現場見てたけどさ、なんで燈真が告白されるのを夕愛ちゃんは黙って見てたの?」

「…え?」

「普通好きな人が告白されそうだったら、嫌だって思わない?それとも、あの子が燈真に振られるって自信があった?」


白石先輩の言葉でハッと気づいてしまう。

…私は、一条さんが先輩に告白してもなんとなく振られるんだと信じていたんだ。

だって先輩はあけみんのことが好きなはずで、今までどんな女の子に告白されてもばっさり断るような人だったから。

いくら学年一のマドンナが告白したって、振るんだと思っていた。

先輩の隣にいられるのは私だけだと、勘違いしていたんだ…。


「もうさこの際、燈真のことはきっぱり諦めたら?燈真の他にかっこいい男なんてこの世にはいっぱいいるんだしさ、俺だって夕愛ちゃんなら大歓迎だよ?叶う見込みのない恋愛をいつまで追いかけてたって、辛くない?」


…そうかもしれない。

馬鹿みたいに好きしか言えない私がいくら先輩を追いかけたって、虚しいだけだ。

そんなのずっと前からわかってた…。


「きゃー!美男美女のあーん!?」

「一条さんが成瀬先輩にケーキあーんしてるよ!」


…でも、


「だめーっ!」


一条さんが先輩に差し出していた一口分のケーキを、間に割り込んでぱくりと食べる。


「だめ!やっぱり先輩だけは譲れない!先輩の隣は私のだもん…っ」


ぶわっと涙が溢れてきて、静まり返った教室に終わったと覚悟した時だった。

先輩が私の腕を掴み、教室を飛び出した。


「せ、せんぱ…っ!?」


速すぎて涙も引っ込み言葉すらうまく出てこない。

な、なに!?どこに連れて行かれるの!?


「先輩…?」


結構な距離を走り、人通りのない渡り廊下で私を壁側に追い詰め両手をついてきた先輩が切れた息を整えている。

こ、これってよく少女漫画とかで見るあの壁ドン…!?

世界で一番好きな先輩から今、壁ドンされてるの!?

息を切らせてる先輩もかっこいいし、汗すらも光ってるよ…。はあ、やばい、ずっと見てられる…。


「…見てんじゃねぇ」

「はいっ!すみません!」


私の熱い視線に気づいた先輩が片手でがしっと顔面を掴んできた。


「…って、あの、急に飛び出してきちゃってまずいんじゃ…?一条さんもきっと戸惑ってますよね」

「知るか。どうでもいい」

「えそんな、彼女なんですし…」

「別に彼女じゃねぇよ。付き合ってないし」

「…は?ええー!?」


今日一の大声を出してしまい、先輩が「うるさ…」と顔をしかめている。


「なんで…!?だって、付き合ってやるって言って…」

「別の付き合うだよ。あいつの本当の好きな人は翔琉で、今日のクリスマスパーティーも俺が行けば来てくれるから、付き合ってってお願いしてきたんだよ。仲良くなるのにもってこいのイベントだからって」

「え、ええ…。あ、でも!先輩ってあけみんのことが恋愛として好き…なんですよね?」

「はあ?好きなわけねぇだろ。血が繋がってないのに無駄に姉貴面してきてうざいって最初は思ってたけど、まあ今は弟として抜けてるとこのあるあいつを気にかけてはいるけど、好きだなんて思ったことは一度もねぇよ」

「ええ!?」


なんだそれ。じゃあ全部、私が一人で空回っていたの…?


「おまえこそ散々毎日俺のこと好きって言ってるけど、本気で好きなのかよ」

「ふぇ…?」


先輩に両頬を片手でがしっと掴まれる。


「俺が目の前で告白されても平気そうだし、他の男のひざの上に乗ってヘラヘラしてるし、口だけじゃねぇか」

「ひゃあ…っ!?」


するりとスカートから出ている太ももを撫でられ、思わず変な声が出てしまう。


「俺の気持ちも知らないで、お仕置きが必要か?」

「せ、先輩…?」


ふと先輩が片手を上げ、もしや私が知らないうちに何かをやらかして怒らせてしまったから叩かれるのではないかと一気に妄想が広がり、思わずぎゅっと目をつぶる。

…が、予想とは全く別で、優しく頭を引き寄せられ先輩の胸元に顔を埋めていた。


「俺はおまえが好きだ」

「…え?」

「夕愛が、好きだ」


これは…幻聴?


「先輩、好きです!大好き!付き合ってください!」

「俺も好き」

「違う!」

「は?」


いつもの先輩は「無理」の一言で突っぱねてくるのに…。

ついに私の願望で幻聴が聞こえているのでは…?


「そうか、これは夢…」

「ちゃんと見ろ。現実だ」


ずいっと国宝級の顔面をキスができそうなくらい近づけられ、もう頭がキャパーオーバーだ。


「うえん、かっこいい…」

「なんで泣いてんだよ。つか、俺へのクリスマスプレゼントはどこだよ?くれるって言っただろ」

「へ?あ、プレゼント交換のやつですか?先輩来ないって言ってたから適当に入浴剤の詰め合わせ買って、きっと今頃誰かの手に渡ってると思いますけど…」

「ふぅん。まあいいや。じゃあ夕愛のこともらうし」

「ええ!?」


先輩が優しく私の頬を撫でながら、ゆっくりと顔を近づけてきた。


「最初はなんとも思ってなかったけど、いつだって全力なおまえにいつからか惹かれてたんだよ。プレゼントとか何もいらない。おまえしかいらねぇ。好きだ。俺と付き合って」


いつも冷たいのにこんな甘々な先輩知らない!


「溺愛な先輩なんて聞いてないよ…」

「はあ?なにをぶつぶつ言ってるんだよ。いいから、いつものあれ言えよ」


冷たかったり意地悪だったり、かと思えば世界で一番甘かったり。

私はきっとこの先どんな先輩の顔を見つけたって好きで好きでたまらなくなるんだろう。


「先輩、世界で一番好き!大好き!私と付き合ってください!」

「よくできました」


そっと唇が重なる。

昨日の先輩よりも今日の先輩の方が好きだし、きっと明日はもっともっと先輩のことが好きになるんだろう。

だって私の先輩は宇宙一かっこいい大好きな人だから!