「……菊池くん、」
「アオイでいいけど」
「……アオイ?」
「なに、」
菊池蒼伊。
心の中でずっとフルネームで呼んでいたのに、いきなり呼び捨てなんてやっぱりアオイは女子耐性ありそう。
菊池っぽくないけど、蒼伊って名前はしっくりくるよねって言えば、笑いながら何それって言われた。
比奈瀬深咲も、比奈瀬っぽくないよって言われた。ほんとに何それ、だ。
でもそういうことが言いたかったんじゃなくて、彼の名前を呼んで私は、何が言いたかったんだろう。
もう、言葉が飛んでってしまった。
男子苦手そう、と思われるくらいにはクラスの男子とは全然会話をしない。
でも、男バスのマネージャーをしてるから、全く喋り慣れてないわけでもないのに。
菊池蒼伊が、わたしのこれまでの人生でイレギュラーだからだ。
全然喋んないし、そっけない感じで教室にいるのに、わたしを見てけらけら楽しそうに笑ったりするからだ。
音楽を自分の手で生み出す人に、今まで出会ったことがなかったからだ。
歌詞は青春をまっすぐ歌うような水色みたいな音楽で、まっすぐで。アオイが書いたなんて思えないなんて言ったら、怒られそうだけど。
「……なあ、」
この一瞬、一緒にいる数分の空間で彼のくせがわかってしまう。
話す前にちょっと間がある。考えてるのか、言葉で伝えるのが苦手なのか、たぶん後者なんだろうなと思う。
なに、って言われた後話したかったことが飛んで行ってしまったわたしの沈黙を破ったのは向こうだった。
アオイのほうを向けば、アオイはこっちを見ているわけじゃなくて、なんにもない屋上のコンクリートを見ている。
「聴いてけば」
そう言われて、思い出した。
うたってみて、って言いたかったこと。
まさか彼の方から言い出してくれるなんて思いもせず、露骨に喜んだ私を見てふ、って笑われた。
「いいの?」
露骨に喜んでしまったのが恥ずかしくてスカートに視線を下ろす。
彼の言葉を待っていた。
「……剛が、比奈瀬深咲は俺らのバンド褒めてくれてたって、聞いたから」



