Thirty’s

現場作業から営業の基礎を学んで、ようやく会社の戦力になれて来たが、まだまだこれから成長して行かなくてはという気持ちでいたのに、まさか本社勤務なんて・・・。


「転職から三年で、本社に異動は抜擢だと思うが、私は君なら全然不思議ではないと思うよ。」


戸惑う俺に、そう言った所長は


「それに本社の方で、君を買っている方がいらっしゃるらしい。」


と続いた。


(俺を買っている方・・・?)


その言葉を聞いて、俺の胸中に思わずある人物の名前が浮かんで来たが、彼女はあくまで親会社の人間で、ウチの会社に直接の関係はない、はずだ。


俺はその人の名前と顔を振り払うように、頭を振った。話を終えて、帰宅の途に着いた俺は、あれこれと思いを馳せることになった。


「さっきも言ったように、まだ正式発令ではないから、くれぐれも君の心の中だけにしまっておいて欲しいが、まぁよっぽどのことがない限り、覆ることはないだろうから、心の準備はしっかりしておいてくれよ。」


俺の戸惑いも動揺も知らずに、所長はそう言って笑っていたが、とてもそんな平穏な心境には、なれたもんじゃない。


今回の異動が、純粋に俺の力を買ってくれてのものであれば、それは光栄以外の何ものでもない。胸を張って、本社に赴任すればいいのだが、正直そうとは思えない。


まぁ、このところの自分の仕事ぶりには、それなりの手応えはあった。所長がわざわざ褒めてくれたのだから、満更自惚れでもないだろう。


でも俺は三年目とは言っても新卒じゃなくて、中途採用だし、結果をある程度求められる立場だから、いきなり本社に引っ張られる程、光ってたわけじゃないと思う。


もっとも、所長には本社に異動としか言われてない。本社の仕事には経理もあれば、総務も人事もあるから、ひょっとしたらそういう仕事をさせられるのかもしれないが、その方面の仕事は全く未経験の俺を、その為にわざわざ本社に呼ぶとは考えにくい。


だとすれば・・・俺の思考は結局、ひとりの女性に辿り着いてしまう。