Thirty’s

玄関のドアを開けると、部屋は真っ暗だった。人の気配はない。リビングに足を踏み入れ、壁のスイッチを押すと、白い灯りが部屋を照らした。


その瞬間、張りつめていたものがふっと緩んだ。


(疲れた・・・。)


身体が重い。でもその原因は、仕事の疲れなんかじゃない。さっきの彼女の言葉だった。


『ソウくんを返してください。』


頭の奥で何度もその声がよみがえり、胸の奥がじくりと痛む。


テ-ブルにはいつものように夕食が並べられている。その横には一枚のメモ。


『おかえり、今日も遅くまでお疲れ様。もし、夕飯が済んでるなら、そのまま冷蔵庫へしまってください。ではおやすみ。』


思わず笑みがこぼれる。


「ただいま、総一郎(そういちろう)。いつもありがとう、ちゃんといただくからね。」


閉じられた寝室のドアに向かって、静かに語り掛けると、私は部屋着へ着替え、テーブルについた。


「いただきます。」


と手を合わせる。そして箸を手に取り、目の前の料理をひと口、口に運ぶ。


「おいしい・・・。」


優しい味、総一郎らしい味。でも・・・


『もう・・・彼を解放してあげて。』


彼女の、白鳥唯(しらとりゆい)さんの声が聞こえて、箸を持つ手が、止まった。