「葉月、大崎と付き合うことにしたの?」
「うん。そうなんだよね」

 前の席の裕子は、椅子の背もたれを抱えるように座って私の方を向いている。
 一昨日、屋上に呼び出された私のことを気にはなったが、聞かずにいたらしい。

「だったら早く言ってよー」
「言おうかな、と思ったんだけど好きになって付き合うことにしたわけじゃないし、なんとなく言いずらくて」
「いいよいいよ。好きじゃなくても付き合ってみればいいんだよ」

 うんうん、と頷く裕子はなぜか満足気に笑っている。私に彼氏ができたこと、喜んでくれてるのだろうか。
 高校に入学してすぐに仲良くなった彼女は、あまり、深く干渉はしてこない。
 言いたくないことは無理に言わなくていいし、聞いてほしいことはなんでも聞く。
 少しあっさりした関係だけど、そんな彼女だから、気兼ねなく一緒にいられる。

「裕子は幸人先輩を好きになったきっかけとかあるの?」

 そんな彼女には、一歳年上の幼馴染の彼氏がいる。
 
「んー、好きになったきっかけっていうより、好きだって気づいたきっかけならあるかなぁ?」
「気づいたきっかけ?」
「生まれた時から一緒にいてさ、一緒にいるのが当たり前で好きとか嫌いとか考えたことなかったんだよね。でも、幸人に彼女ができたとき、めちゃくちゃむかついたんだよ。幸人の隣は私の場所なのにーって」
「それで、好きだって自覚したんだ」
「そーそー。だから幸人が彼女と別れたらそっこー告白したよね。早くしないとまた他の人に取られちゃうって思って」

 そこからの話はきいたことがある。
 何度も告白して、妹としか見られないって何度も振られて、それでもめげずに告白して。
 それで裕子が高校受験でこことは別の高校を受けようとしたとき、幸人先輩に同じ学校に来て欲しいって言われたそうだ。
 裕子がそばにいないと落ち着かないからって。
 けっこうな惚気話だよなあ。羨ましい。

「ゆっこ。お待たせ」

 その時、幸人先輩が裕子を迎えに来た。裕子のことを『ゆっこ』と呼ぶ先輩は、何度も振ったなんて噓なのではないかと思うくらい、彼女を溺愛している。
 そして、お昼休みはいつも二人で過ごしている。

「じゃあ葉月、私行くね」
「うん。行ってらっしゃい」

 気づけば好きになっていた。
 ずっと好きだったけど、それに気づけずにいた。
 好きじゃなかったのに、好きになった。

 いろんな恋の始まりがあるんだなと、昨日の進藤くんとの話も思い出しながらしみじみ感じた。
 
 そんなことを思いながら、私もお弁当を取り出す。
 ちょうど、大崎くんが購買でパンを買って戻ってきた。
 進藤くんは昨日の宣言通り、仮病で保健室で寝ているのか、いない。
 
 というか、隣の席なんだから別にわざわざ誘わなくたって、一緒に食べてるみたいにならない?
 ちょっと話かけたりとかしたら、それでもういいような気がするんだけど。
 いやでも、進藤くんに誤魔化しがきくとも思えない。
 後々こわいし、ちゃんと誘おう。

「大崎くん、一緒に食べない?」
「え! いいの?!」
「それはもちろん」
「じゃあさ、蓮からいい場所教えてもらったからそこで食べよ」

 ん? 進藤くんからいい場所? お昼を食べるのにいい場所? そんな場所教えてもらったの?
 私じゃなくて大崎くんに教えてるとこがなんか腑に落ちない。
 それでも頷き大崎くんについていく。
 着いたのは、別館にある美術室の横の空き教室だった。
 普通の教室、という感じで特別いい場所でもなんでもない気がするけど。

「空き教室ってさ、どこも鍵閉まってるけど、ここのは壊れてるから中入れるって教えてもらったんだ。人もこないしゆっくりできるって」

 もう使われていないこの教室にカーテンはなく、心地良い日差しが入りこんでいる。
 確かに、ゆっくりはできそうだ。

「そうだね。落ち着いて食べられるね」

 大崎くんは教室の端に寄せられていた机と椅子を持ってきてくれた。
 向かい合って座り、お弁当を広げる。

「佐倉さんのお弁当いつも美味しそうだよなぁ。自分で作ってるんだよね?」
「うん。簡単なものばっかりだけどね」
「それでもすごいよ! いいなぁ美味そうだなぁ」
「えっと……明日、大崎くんのお弁当も作ってこようか?」
「いいの?!」
「うん。いつもおかず作りすぎちゃうし、一つ詰めるのも二つ詰めるのも変わらないから」
「やったぁ! ありがとう!」

 そんな子犬のような顔をされたら、作ってあげたくなるじゃないか。
 はっ! これが、母性本能ってやつ?!
 いやいや、私が知りたいのは親心じゃなくて恋心なのに。

 大崎くんは楽しみだな、と呟きながら焼きそばパンを頬張っていた。

「しまった! 飲み物買ってくるの忘れた」

 パンを全て食べ終えた大崎くんは大げさに頭を抱える。
 惣菜パンを四つも食べたんだから、喉乾くよね。

「お茶ならあるけど、飲む?」

 私は持ってきていた水筒のコップにお茶を注ぐと大崎くんに手渡す。
 それをなぜかおそるおそる受け取ると、コップをじっと見た後、ゆっくりと飲み干した。

「あ、ありがとう」
「どういたしまして?」

 なんか、思った反応と違った。
 もっと元気よくありがとう! って受け取って、勢いよく飲むのかと思っていたのに。
 不思議に思っていると予鈴が鳴る。
 私たちは机を戻して教室に戻った。

 教室には進藤くんが戻ってきいて、いつものように頬杖をついて窓の外を眺めていた。
 
 放課後、部活に行く大崎くんを見送り、一人教室を出る。
 階段を下り靴箱に向かっていると、突然腕を掴まれた。

「うわっ」
「行くよ」
「え?! 進藤くん? どこに?」

 急に現れた進藤くんに引っ張られ連れてこられたのは、別館の空き教室だった。
 机と椅子をギーギー引きずり出してきて、座るように促される。

「じゃあ、再現してもらおうか」
「ええええええええ」
「佐倉さんうるさいよ。わかってたでしょ」
「こんなふうに再現するとは思ってないよ。てか、ここで食べてたこと知ってるの?」
「うん。だって保健室から見えるから」

 進藤くんが指差した窓の先には、確かに保健室があった。
 大崎くんが言ってたいい場所って、進藤くんにとっていい場所ってこと?!
 二人して上手く乗せられたんだ。

「ちゃんと大崎のこと誘ってえらかったね」

 首をかしげて笑う進藤くんに、私はため息を吐きながら椅子に座った。