距離感ゼロ 〜副社長と私の恋の攻防戦〜

「沙穂さん、帯を緩めるわね」

部屋に入ると、芹奈はすぐに沙穂の帯を解く。
長襦袢のままで、ベッドに横になるよう促した。

「大丈夫?」
「はい、随分楽になりました」

ホッとしたように微笑む沙穂に安心して、芹奈は沙穂の振袖を丁寧にたたんだ。

「ありがとうございました、里見さん。私、もうどうしていいのか分からなくて……。神蔵さんには言いづらいし、そう思ったらどんどん苦しくなってきて」
「そうよね。初対面の、しかも男性には言いにくいわよね」
「はい。私、ずっと女子校だったので、男性と二人でお話したのは、今日が初めてなんです」

そうなのね、と優しく笑って、芹奈はベッドのすぐ横の椅子に腰掛けた。

「里見さんは、すごいですね」
「え?何が?」
「だってこんなに若くてお綺麗なのに、社長秘書をされてるんですもの」
「そんなにすごいことではないわよ?」
「いいえ、私にとってはとてもすごいことです。社会に出て働くだけでも、私には到底無理なので」

うつむいて小声になる沙穂に、芹奈は明るく声をかける。

「沙穂さんみたいに品があって清楚で美しい女性も、私には到底無理よ」
「いえ、まさかそんな」
「ううん、本当にそう。沙穂さんは立ち食いそば屋とか行ったことないでしょ?私、一人でも平気で行けるもん」
「えっ、立って食べるんですか?おそばを?」
「そう。立って食べるの」
「そんなお店、あるんですね」

感心したような沙穂の口調に、芹奈は思わず笑い出す。

「あるのよー、それが。今度行ったら、沙穂さんに写真送るわね」
「はい、見てみたいです」
「ふふっ、そんなに期待されるなんてね。沙穂さん、気分はもう落ち着いた?紅茶飲めそう?」
「はい」

芹奈は「ちょっと待っててね」と立ち上がり、紅茶を淹れながら村尾にメッセージを送る。

『沙穂さん、着物が苦しくなったみたいだけど、ベッドに横になって今は落ち着いてます。もう少ししたら動けると思う。着替えのワンピースをブティックに頼んで届けてくれる?』

『分かった』という返信を読むとポケットにスマートフォンをしまい、紅茶を淹れてベッドに戻った。