距離感ゼロ 〜副社長と私の恋の攻防戦〜

「いやー、よくやった!でかしたぞ、翔」

社長室に報告に来た翔を、社長は笑顔で労う。

「帰国してすぐだからさすがに厳しいかと思っていたが、見事にやってのけたな。これでお前の副社長の地位を疑問視する声もなくなる。これから更に忙しくなるが、引き続き頼んだぞ」
「はい、一層気を引き締めて尽力します」

キリッとした表情の翔を、芹奈も良かったと見つめる。

「それでな、翔」

急に口調を変えた社長を、ん?と芹奈は振り返る。

「これからはプロジェクトチームが主に仕事を進めていくことになる。お前も少しは気持ちと時間に余裕が出来ただろう?近々、私と一緒に食事会に行って欲しいんだ」
「食事会、ですか?それはどういった?」
「ほら、お前も知ってるだろ?岩沢設計の社長が、是非ともお前と一席設けたいとな」
「それは業務のお話を、ということですか?」
「あー、いや。今回は仕事の話は抜きだ。先方のお嬢さんも同席されるそうだからな」

はあ……と小さく翔はため息をつく。

「つまり、縁談ですか?」
「いやいや、そんな!まだそこまではな。ほんのちょっと、軽く挨拶するだけだ。ま、そこからあとは若い人同士で話してくれればいいんじゃないか?っていう、そういう感じの席だ」
「それを世間では縁談と呼びます」
「あ、そうか?それならそうだな。あはは!」

視線を落として話を聞いていた芹奈は、チラリと翔の様子をうかがう。
それとなく助け舟を出した方がいいだろうか?と思っていると、翔は観念したように頷いた。

「分かりました。伺います」
「おお!そうか。それなら早速、スケジュールを確認しておくよ。里見くん」

芹奈は姿勢を正して「はい」と返事をする。

「岩沢社長の秘書と相談して、日程を決めてくれるか?先方はなるべく早くとおっしゃっていた。場所はいつものうちのホテルの料亭で頼むよ」
「かしこまりました。直ちに」

お辞儀をして部屋を出ようとすると、「それでは私もこれで」と社長に挨拶して翔も部屋を出る。

芹奈は翔と肩を並べて廊下を進んだ。

「あの、副社長。改めまして、この度のコンペはおめでとうございました」
「ありがとう。俺も君にお礼を言うのが遅くなった。これまで君には随分助けてもらった。君のおかげでコンペを勝ち取ることが出来たんだ。本当にありがとう」
「いえ、私など何のお役にも……」
「いや。ショッピングモールのファッションショーのアイデア、すごく好評だったよ。資料も分かりやすく作ってくれたし、精神的にも支えてもらった。仕事にばかり気を遣わせてしまって悪かった。どうかこれからは、プライベートの時間を優先して欲しい」

副社長室の前まで来ると立ち止まり、翔は改めて芹奈に向き合った。

「今までありがとう」

そう言って右手を差し出す。
芹奈もそっと右手を差し出すと、翔はキュッと優しくその手を握りしめた。

「それじゃあ」

スルリと手を解き、翔は副社長室のドアを開けて姿を消す。

芹奈は解かれた右手を見つめながらしばらくその場に佇み、翔の手の温もりを思い返していた。