「ねえ、あなた」
「はい」

コーヒーをひと口飲むと、石津はそばに立っている芹奈に話しかけてきた。

「随分若いのにどうして副社長秘書に?彼の恋人なの?」

面食らったものの、芹奈は冷静に答える。

「いえ、違います。それからわたくしは、副社長秘書でもございません。普段は社長についております」
「あら、そうなの?良かった」

勝ち誇ったように笑うと、石津はゆったりとソファにもたれて足を組む。

タイトスカートの丈が更に短くなり、太ももまで露わになっていた。

「もうここはいいわよ。下がってちょうだい」

コーヒーを口にしながら追い払うような仕草をする石津に、芹奈は胸に抱えた書類ケースを持つ手に力を込めた。

「お言葉ですが、わたくしは上司の指示に従います」

すると石津はピクリと眉を動かし、不機嫌そうに鋭い視線を芹奈に向ける。

「気が利かないわね。分からないの?いいから早く出て行って!」

強い口調に芹奈が思わず唇を噛みしめた時、翔がスッと身を滑らせてきて芹奈を背中にかくまった。

「わたくしの秘書を侮辱するのはおやめください」

有無を言わさぬ態度できっぱりと告げると、石津は一瞬ひるんだあと再び居丈高になる。

「あら、私にそんな口をきいてもいいのかしら。私は社長なのよ?私のひと言であなたとの取引なんてどうにでも出来るんだから」

そして不敵な笑みで意味ありげな視線を翔に送った。

「あなた次第でこのお話、もっと大きくしてあげてもいいわよ?」

翔はじっと相手を見据えて何も言わない。
沈黙が広がり、芹菜がゴクリと生唾を飲み込んだ時だった。

「里見さん、預けてあった私の書類ケースをもらえる?」
「はい、ただ今」

真っ直ぐ前を向いたままの翔に、芹奈は急いでブラックの革張りのケースを手渡す。

「ありがとう」

翔は芹奈にほんの少し微笑んでから受け取ると、中から英文の書類を取り出した。

「石津社長、こちらをご覧いただけますか?」

怪訝そうに受け取った石津の顔が、見る見るうちに歪む。

「こ、これはどういうことなの?」
「アメリカの本社、ニックナックUSAのCEOと電話で話しました。弊社の手掛けるショッピングモールに、ぜひとも店舗を構えたいとのご意向です。それも日本に既存する店舗より更に大きな規模で。既に念書を交わし、CEOのサインもいただいています」
「そんな!私の知らないところで、どうしてこんなことを……」
「私は石津社長にもお伝えしようとしましたが、CEOが内緒にしたいと。どうやらサプライズとしてあなたに喜んでもらいたかったようですよ?会えなくて寂しいとも漏らしていらっしゃいました」

石津はカッと顔を赤くした。

「私はあんな年寄りとはもう関わりたくないの!日本法人の社長は私よ。私に全ての権限があるの!」
「ではあなたはこの話を受け入れない方針だとCEOにお伝えしましょうか。アメリカ本社のCEOと日本法人の社長。どちらの意見が通るのか、わたくしには分かりかねますから」

その言葉が決め手となり、石津は怒りに震えながら翔を睨みつける。

「この私に刃向うなんて、覚えてらっしゃい!」
「褒め言葉と受け取らせていただきます」
「なにを……!」

わなわなと身体を打ち震わせたあと、石津は怒りにまかせて立ち上がり、ズカズカと出口へ向かう。
一歩先を行きドアを開けた翔は、廊下に控えていた村尾に声をかけた。

「村尾、お客様のお見送りを頼む」
「かしこまりました」

翔と芹奈は深々と頭を下げて石津を見送った。