距離感ゼロ 〜副社長と私の恋の攻防戦〜

その週の金曜日。
村尾の運転する車で、芹奈と翔は神蔵グループのホテルに向かっていた。

これから例の雑貨店の社長と挨拶して、夕食を共にすることになっている。

「副社長。先方は秘書の方と社長のお二人とのことでしたので、私は食事の席は控えます。何かありましたら、いつでもご連絡ください」

ホテルに到着するとそう言って頭を下げる村尾に、え?と芹奈は戸惑う。

「村尾くん。それなら私が席を外すから、代わりに村尾くんが同席して」
「いや、先方の社長は女性だから、芹奈の方がいいと思う。副社長、よろしいでしょうか?」

翔も「そうだな、その方がいい」と頷き、仕方なく芹奈は翔と一緒に最上階のレストランに向かった。

個室に案内されてしばらくすると、40代の女性社長が、男性秘書を連れて現れた。

「まあ!初めまして。ニックナックジャパンの石津(いしづ)と申します」
「初めまして。神蔵不動産の神蔵です。本日はご足労いただき誠にありがとうございます」
「こちらこそ!お会い出来て嬉しいわ」

妙にテンション高いな、と思いながら、芹奈も秘書同士で名刺を交換する。

「どうぞ、お掛けください」
「ありがとうございます。わたくし、今夜は神蔵さんにお会いするのを楽しみにしておりましたの。かっこいい方だと噂になっていますけど、実際にお会いすると想像以上です」
「お気遣いありがとうございます」
「あら、本心ですわ。まだ独身なんですよね?結婚のご予定は?」
「ありません」

そう、と石津は妙に意味ありげに笑う。
ワインで乾杯する時も、食事をしながら雑談する時も、常に石津がイニシアチブを取っているように芹奈は感じた。

デザートと食後のコーヒーが運ばれてきたところで、ようやく翔が仕事の話を切り出す。

「石津社長。先日お電話でお話した内容を、詳しく書面にまとめました。こちらをご覧いただけますか?」

芹奈が書類ケースから取り出した資料をテーブルに差し出すと、石津は一瞥もくれずに椅子の背に深くもたれた。

「神蔵さん。わたくし少し酔いが回ってしまって……。お部屋を用意していただけません?ソファでくつろぎながらお話をさせて欲しいの」
「大丈夫ですか?体調が優れないようでしたら、このお話は後日また改めて……」
「いえ!大丈夫よ。それにこう見えてわたくし結構忙しいの。今日お話を聞いておかないと、次はいつになるやら?」

しばしの沈黙のあと、翔は「かしこまりました」と答えて、芹奈に小さく頷いてみせた。