「わあ、美味しそう!こんな贅沢な時間、夢のようです」
運ばれてきたフランス料理のフルコースに、芹奈は目を輝かせた。
「俺もこのホテルに泊まるのは初めてなんだ。料理もなかなかうまそうだな。あ、ワインは?」
「いえ、仕事中ですから」
「もう勤務は終わってる」
「でも私、あまりアルコールは強くないので」
「じゃあ一杯だけ」
ボトルを持ち上げられ、芹奈は仕方なく頷いた。
「乾杯」
グラスを掲げてほんの少し微笑みかけてくる翔に、芹奈はドキッとして慌てて視線をそらす。
照れ隠しのようにグラスに口をつけると、口内に広がる芳醇なワインに思わずうっとりした。
「はあ……、美味しい」
すると翔が笑い声を上げる。
「ははは!そんなにしみじみ呟かなくても」
「だって、本当に美味しくて」
「それなら良かった。もう一杯どう?」
「じゃあ、もう少しだけ」
美味しさに負けて、芹奈はグイッとワインを飲み干す。
「そうだ、気になってたんだ。社長が君の名前を呼ぶこと。あれは俺から言ってやめさせるから」
前菜を食べながら翔が切り出し、芹奈は、ん?と首をひねった。
「あの、何のお話でしょうか?」
「だから社長の君の呼び方だよ。いくら海外生活の長い俺でも、さすがにあれはない。愛人だと思われないかと、ヒヤヒヤした。君だっていつも気分悪かっただろ?ごめん。社長に直接言いづらいことがあったら、今後は俺に言ってくれたらいいから」
何の事かとますます首を傾げてから、あ!と芹奈は思い当たった。
「副社長。もしかして私の名前、勘違いされてませんか?」
は?と、今度は翔が手を止めて芹奈に首をひねった。
「勘違いって?」
「私、名字は里見といいます」
「は?え?さとみって、名字?」
「はい。よく下の名前だと勘違いされるので、もしかして副社長もそうかと思いまして」
ポカンとしてから、翔はようやく納得する。
「そうだったんだ。うん、てっきり俺、社長は君を下の名前で呼んでるんだとばかり……」
「そうですよね。社長も時々『里見くんは名字ですよ』って、お仕事でお会いする方に説明されてます」
「はは!そうだろうな。セクハラかと思われたら困るしな」
「そうなんです。私も社長がそんなふうに誤解されては心苦しいので、敢えて自分から先方に自己紹介するようにしています。私、副社長とは個人的にお会いするのは今日が初めてで、きちんとご挨拶しないままパーティーであんなことになってしまい、申し訳ありませんでした」
そう言って芹奈は、改めて翔に名刺を差し出した。
「申し遅れました。わたくし、昨年の4月に社長の第二秘書となりまして、今月からは第一秘書をしております里見 芹奈と申します」
「里見 芹奈さんか。なるほど……。勘違いしてすまなかった。俺もこれからは、里見さんと呼べばいいかな?」
「はい。社内では、里見は名字だと認識されておりますので」
「分かった。けど取引先の人の前では呼びづらいな」
「でしたら、おいちょっと、とかで構いません」
「いやいやいや。そんな昭和のオヤジみたいなことするかよ?これでも一応、海外生活は長かったんだ。女性をないがしろにはしない。まあでも俺、口は悪いよな。そこは自覚してる。ごめん」
すまなそうに目を伏せる翔に、芹奈は意外に思いつつ首を振る。
「いえ、そんな。副社長は海外でも手腕を振るわれて、アジアや欧米に支社を次々と立ち上げたすごい方ですから。10年間ずっと、最前線で厳しい状況を切り拓いてこられたのでしょう?生半可な気持ちではやっていけませんし、シビアな口調になって当然ですから」
そう言って綺麗な所作でナイフとフォークを使う芹奈を、翔はまじまじと見つめた。
「美味しい!このソース、どうやって作るんだろう?バジルとバルサミコと、お醤油も少し入ってる?フレンチだからそんな訳ないかな」
ひとりごちてから、芹奈は翔の視線に気づいて顔を上げる。
「えっ、どうかしましたか?副社長」
「あ、いや。なんか、日本の女性ってこうなのかなと思って」
「こうなのか、とは?」
「いや、その。大人しそうに見えて、たくましそうというか……。か弱そうで強そう、みたいな」
は?と芹奈は目をしばたたかせた。
「それって、私の印象ですか?どういうことですか?」
「いやだから、欧米の女性に比べたら、控えめでおしとやかに見えたんだよ。けど全然違ったなって」
「はいー!?副社長、女性をないがしろにしないジェントルマンなはずですよね?けんか売ってますか?日本女性、怒らせると怖いですよ?」
「うっ……、なんかヒシヒシと伝わってくる。ごめん、悪かった」
「分かれば結構です」
ツンと顎を上げてみせてから、芹奈はまた笑顔に戻って食事の手を進めた。
運ばれてきたフランス料理のフルコースに、芹奈は目を輝かせた。
「俺もこのホテルに泊まるのは初めてなんだ。料理もなかなかうまそうだな。あ、ワインは?」
「いえ、仕事中ですから」
「もう勤務は終わってる」
「でも私、あまりアルコールは強くないので」
「じゃあ一杯だけ」
ボトルを持ち上げられ、芹奈は仕方なく頷いた。
「乾杯」
グラスを掲げてほんの少し微笑みかけてくる翔に、芹奈はドキッとして慌てて視線をそらす。
照れ隠しのようにグラスに口をつけると、口内に広がる芳醇なワインに思わずうっとりした。
「はあ……、美味しい」
すると翔が笑い声を上げる。
「ははは!そんなにしみじみ呟かなくても」
「だって、本当に美味しくて」
「それなら良かった。もう一杯どう?」
「じゃあ、もう少しだけ」
美味しさに負けて、芹奈はグイッとワインを飲み干す。
「そうだ、気になってたんだ。社長が君の名前を呼ぶこと。あれは俺から言ってやめさせるから」
前菜を食べながら翔が切り出し、芹奈は、ん?と首をひねった。
「あの、何のお話でしょうか?」
「だから社長の君の呼び方だよ。いくら海外生活の長い俺でも、さすがにあれはない。愛人だと思われないかと、ヒヤヒヤした。君だっていつも気分悪かっただろ?ごめん。社長に直接言いづらいことがあったら、今後は俺に言ってくれたらいいから」
何の事かとますます首を傾げてから、あ!と芹奈は思い当たった。
「副社長。もしかして私の名前、勘違いされてませんか?」
は?と、今度は翔が手を止めて芹奈に首をひねった。
「勘違いって?」
「私、名字は里見といいます」
「は?え?さとみって、名字?」
「はい。よく下の名前だと勘違いされるので、もしかして副社長もそうかと思いまして」
ポカンとしてから、翔はようやく納得する。
「そうだったんだ。うん、てっきり俺、社長は君を下の名前で呼んでるんだとばかり……」
「そうですよね。社長も時々『里見くんは名字ですよ』って、お仕事でお会いする方に説明されてます」
「はは!そうだろうな。セクハラかと思われたら困るしな」
「そうなんです。私も社長がそんなふうに誤解されては心苦しいので、敢えて自分から先方に自己紹介するようにしています。私、副社長とは個人的にお会いするのは今日が初めてで、きちんとご挨拶しないままパーティーであんなことになってしまい、申し訳ありませんでした」
そう言って芹奈は、改めて翔に名刺を差し出した。
「申し遅れました。わたくし、昨年の4月に社長の第二秘書となりまして、今月からは第一秘書をしております里見 芹奈と申します」
「里見 芹奈さんか。なるほど……。勘違いしてすまなかった。俺もこれからは、里見さんと呼べばいいかな?」
「はい。社内では、里見は名字だと認識されておりますので」
「分かった。けど取引先の人の前では呼びづらいな」
「でしたら、おいちょっと、とかで構いません」
「いやいやいや。そんな昭和のオヤジみたいなことするかよ?これでも一応、海外生活は長かったんだ。女性をないがしろにはしない。まあでも俺、口は悪いよな。そこは自覚してる。ごめん」
すまなそうに目を伏せる翔に、芹奈は意外に思いつつ首を振る。
「いえ、そんな。副社長は海外でも手腕を振るわれて、アジアや欧米に支社を次々と立ち上げたすごい方ですから。10年間ずっと、最前線で厳しい状況を切り拓いてこられたのでしょう?生半可な気持ちではやっていけませんし、シビアな口調になって当然ですから」
そう言って綺麗な所作でナイフとフォークを使う芹奈を、翔はまじまじと見つめた。
「美味しい!このソース、どうやって作るんだろう?バジルとバルサミコと、お醤油も少し入ってる?フレンチだからそんな訳ないかな」
ひとりごちてから、芹奈は翔の視線に気づいて顔を上げる。
「えっ、どうかしましたか?副社長」
「あ、いや。なんか、日本の女性ってこうなのかなと思って」
「こうなのか、とは?」
「いや、その。大人しそうに見えて、たくましそうというか……。か弱そうで強そう、みたいな」
は?と芹奈は目をしばたたかせた。
「それって、私の印象ですか?どういうことですか?」
「いやだから、欧米の女性に比べたら、控えめでおしとやかに見えたんだよ。けど全然違ったなって」
「はいー!?副社長、女性をないがしろにしないジェントルマンなはずですよね?けんか売ってますか?日本女性、怒らせると怖いですよ?」
「うっ……、なんかヒシヒシと伝わってくる。ごめん、悪かった」
「分かれば結構です」
ツンと顎を上げてみせてから、芹奈はまた笑顔に戻って食事の手を進めた。



